第323話 「伊織」と「伊万里」


『繰さんにはちょっと強引に情報提供したから』

 「伊織。寄白繰にそんな情報を与えたの?」

 『そうだけど』

 「当局の最重要機密よ。Aランク情報どころかSランクといっても過言じゃない。各国のスラングではXファイルなんて呼ばれるような代物。どうしてそんなことを……」

 『結局、全世界の負力が減ればアヤカシが減るわけでしょ?』

 「だから世界の真実を伝えたってこと?」

 『そう。繰さん、いや、繰さん経由であの若い子たちにも、ね』

 「六角市ここの高校生たちのこと?」

 『そうよ』

 「でも、まあ寄白繰は一般人ってわけでもないか。寄白家の長女だし、それに能力者の若い子たちも部外者じゃない」

 『私だって全部の話しをしたわけじゃないわ。七割程度よ。私たちだってあそこが何階層なのかよくわからないでしょ?』

 「ジーランディアの深部はね」

 『伊万里。繰さんって話しやすくて良い人だった。本当のお金持ちって余裕とゆとりがあって人当たりがいいのよ。育ちが良いっていうんだろうね。ああいうの』

 「育った環境っていうのは変えられないから」

 『次女の寄白美子は気が強いらしいけど。戦闘能力に長けてるぶんしょうがないわね。むしろその運命を背負ってしまったぶん繰さんより苦しみは多いはず』

 「私たちとは違う姉妹の形」

 『私たちが経験した痛みにシンクロできるならそれは妹の寄白美子のほう。ヴァニッシュ公国の公女がそうだったように六角市の”シシャ”はいまだ時代錯誤のシャドウシステム』

 「負力の循環として欠陥システムなのは間違いない」

 『そういえば女子会の別れ際に、繰さんが面白い話をしてくれたんだけど』

 「どんな?」

 

 『繰さんたちの周囲で暗躍し繰さんたちを陥れようとしている者がいるって』

 「なにそれ?」

 『繰さんはその不確定な存在のことを蛇と呼んでいた。たしかに私も――この大きくて小さな世界で何者かが暗躍しているかもしれないとは言ったんだけど、それは円卓の108人の少数派の意味』

 「蛇? 国家公安委員会にもない情報だけど。それって小さな六角市まちの中だけのことじゃないの?」

 『だからよくわからないのよ。ただ、繰さんがそんな話をしてたって話』

 「ふうん。頭の片隅にでも置いておくわ」

 『それより伊万里。九久津毬緒を尾行けたでしょ?』

 「なんで伊織がそれを?」

 『九久津くん、いや、患者さんに――なぜ俺の尾行をした?って直球で言われたから。九久津くん伊織わたしが尾行したと思ったみたいなんだけど?』

 (私が国立六角病院の近くで四仮家元也の過去の足取り探ろうとしてたときか? 九久津毬緒。高校生にしては末恐ろしい)

 「私と伊織が一卵性双生児ふたごだとまではわからなかったわけね?」

 (一卵性双生児はほぼ・・同じ遺伝情報を持っている。彼が私と伊織を混同するとしたら六感のなかでも視覚か嗅覚?)

 『それはそうでしょ。私は話してないんだし。私が繰さんとふたりの女子会してるときに伊万里も繁華街まちの近くにいたの?』

 「いたわ」

 『そこのアスファルトには青紫のヤグルマギクが咲いていた』

 「駅前のコインパーキングにはノボロギクが多く咲いているわよ。ある川相総じけんの資料でそれを見たの。みんな自生した花たち」

 『六角ガーデンではセイヨウノコギリソウ、ムスカリも咲き誇っている。私たちがその話をしてもしかたないか……』

 「そうね。話を戻すと九久津毬緒かれらがカラオケに入ったところから全員追えなくなった。尾行に気づいたからなんらかの方法で私をまいたんでしょうね」

 『だろうね。それだけ九久津くんのポテンシャルはすごいわよ。ただ若さにありがちな好戦的な部分が若干気になるけど』

 「それは尾行あのときに気づいてるわよ。彼にはなにかあるわ」

 (国立六角病院は四仮家元也のかつての勤務先。六波羅班長たちは魔障の存在を知らないから六波羅班長たちにはいってない情報。私の宿泊場所である駅前ホテルに戻る過程ではあったけど私がついムキになって追ってしまった)

 『なにかって?』

 

 (四仮家は元は六角第一高校の校長でもあった。今は総務省の参与。その前は一般病院にもいたこともある。そのときに佐野和紗という迷子の少年を保護している)

 

 「得体のしれないなにかよ」

 『どんな?』

 「召喚憑依能力者なら魔契約とか? バシリスクを独りで退治するってよほどの能力よ」

 『伊万里。それはない』

 「九久津毬緒は患者として伊織のところにいるならそのあたりは調査ずみ、か」

 『守秘義務』

 「私もね、本当なら救偉人このバッジで国立六角病院びょういんを調べたいくらいよ」

 『国立六角病院びょういんは救偉人でも調査できないから』

 「あの日にそれを知った。まさかあそこまで厳重だとは」

 『国立六角病院うちにも救偉人がいるから部外者が調査なんてできないわよ』

 「救偉人の年功序列ルール。救偉人同士の意見がぶつかった場合、救偉人の勲章を早く授与されたほうの意見に従う。たしかに只野医師が私のようなものを魔障医療の現場に迎え入れるわけがない。国立六角病院びょういんのスタッフが全員そうだろうね」 

 (総合魔障診療医只野或人ただのあると。彼が四仮家に師事していたことは

調査済み。只野医師が官房機密費にかかわってる可能性もゼロじゃない。ただ私よりも早く救偉人の勲章を与えられているところがネック、ってこともないか? Y-LABと同時に国立六角病院びょういんも国主導の査察でもしないかぎり手をだせない。救偉人の力がこれほど及ばない施設もめずらしい)

  『そう』

  「まさか私の救偉人の力が他の救偉人によって阻まれるとはね」

  『すごい人よ只野先生は。診断の難しい仮面性マスクド自呪型カース病み憑きオーバー・イーターを見破った。九条先生も魔障患者のためならなんでもする。ああ、そうそう、それで電話の本題は?』

 「ああ、何日か前の着信の返答よ。スマホに伊織の名前があったから」

 『あの折り返しか。わざわざいいのに』

 「とりあえず私は六角中央警察署で研修中ってこと」

 『わかったけど、伊万里』

 「なに?」

 『家はきちんと建築基準法に沿った作りだった。だからお父さんとお母さんは誰であっても助けられなかったのよ』

 

 「……」

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