第326話 整理


戸村伊万里は六角駅前にあるホテルの一室で一卵性双生児いもうとの伊織と電話を終えそのまま駅前の街並みを見下ろしていた。

 (戸村家うちを建てた施工会社に小さな法令違反はあったにせよ重大な落ち度はなかった。建築基準法に準じた強度は担保されていた。それなのにあの被害の大きさは地震の威力によるもの。だとしてもあんな甚大な被害が局所に集中するなんて。伊織のいうとおり手抜き工事で父と母が犠牲になったわけじゃない。戸村家うちだけが特別に弱い家だったわけじゃない。周りの惨状を見ていればそれはわかっていたはずなのに)

 戸村伊万里はぐしゃと頭を掻き、項垂れた首をもたげる。

 二重に映っているガラスの向こうの自分と目が合う。

 (……どうしてあんな人がオムニポテントヒーラーなの。私ならもっと人のためにもっともっとその能力ちからを生かせるのに……官房機密費いったい……)

 戸村伊万里はそんな思いを飲み込み、ベッド脇に置いてあったキャリケースのなかから図鑑ほどに分厚い青のパイプ式ファイルをとり出した。

 各項目ごとにインデックスシールの貼られたファイルをグッと握りしめ、ふたたび起動したままの2in1のPCに向かう。

 

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 ■黒杉工業 代表取締役 黒杉太郎の被害者と思われる人物。

 ●川相総。元、黒杉工業勤務。

 六角駅前のロータリー前のビルから抗議文をまき飛び降り自殺。

 「罪を償え」はなにを意味しているかは不明。

 ネットでは、プランターに落下したため大事に至らなかったという情報もあるが、じっさいは頸椎損傷により即死。

 ビルのうえに残されていた遺書には、娘の川相憐の人生を心配する旨が書かれていた。

 遺書は指紋、筆跡鑑定により川相総の直筆だと断定されている。

※補足 手すりに真っ黒な絵があった(?)

 ●川相憐。元ショップ店員。

 

 川相総の娘で家に閉じこもっている。

 川相憐の母親は川相憐に宛ての採用通知(有名ブランドのパタンナーで採用)を勝手に開いて捨てた。   

 ※法的には「信書開封罪」

 その後、引きこもってしまった娘に罪の意識を抱き自殺。

 ●哀藤祈、黒杉工業に勤めていた若手社員。

 

 六角駅で飛び込み自殺。

 死の直前に自殺をほのめかしていた(遺書を書くためにノートを購入?)というコンビニ店員の証言あり。

 結局ノートは見つからずじまい、購入したのかも不明。

 インターネット等で購入した可能性もあり。

 (事件性が否定され捜査令状がおりていないために追跡調査はしていない)

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 戸村刑事が六角中央警察署に研修(調査)にきた理由。

 内閣官房機密費の流れを探るため。

 ■関与が疑われる個人と組織(ソースは戸村刑事)

 

 ■関与を疑っている個人と組織(独断と偏見)

 ・黒杉工業

 →社員や関係者に自殺者が多い疑惑の大手建設会社。

 ・音無霞、黒杉工業(?)との会食で性的暴行を受けたと六角中央警察署に相談にきていた。

  被害届をすぐに撤回している。(黒杉工業の顧問弁護士が接触か?)

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 ・鷹司官房長官(総理が入院中のため現在、内閣のトップ)

 ・四仮家元也(脳神経外科の医師、元、六角第一高校の校長、まだ六角市在住?)

 →官房機密費流用の鍵を握っている?

  かつて六角市にて佐野和紗という少年を保護したことがある。

 ・NPO法人『幸せの形』(孤児や遺児などの生活のサポートしている非営利団体)

 →官房機密費流用の鍵を握っている?

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 妹に電話をかける前のPCの画面がそのまま待っていた。

 戸村伊万里は机の横の空きスペースでパイプ式ファイルを開きPCの画面を上に少しづつスライドさせていく。

 インデックスシールの項目は「黒杉工業」。

 (同僚に資料を集めてもらっておいて助かったわ。黒杉工業も建築会社……。調べたかぎり建てられた建物の品質は良い。署長のいいうように初代の教訓を二代目が踏襲してきたからだろう。三代目の黒杉太郎が品質を落として利益優先に走ったことで綻びはじめた? いや、そんなことをすれば悪評が自分の会社に返ってくることは明白。それにしても黒杉工業はトラブルが多い、っていうほどでもないか。地震をきっかけに私が関わった建築会社の案件でもけっこうあった。違法建築や粗悪な材料を使用して利益の中抜き)

  ファイルの次のページを開く。

 (……正攻法じゃなく別の角度から攻めてみるか。六角市の大手企業の多くが黒杉工業に仕事の依頼をするのはやっぱり今までの実績と品質)

 戸村伊万里の指は迷い箸のように宙を彷徨っている。

 

 (伊織をあんなにも饒舌にさせるのは私たちには与えられなかった人の活気。誰かといられる団欒によるもの……寄白繰にはそれがある。周りに人がいる。社長や校長という立場だけじゃない。生まれ持って与えられたもの。それこそ私たちが早くにして奪われたもの)

 戸村伊万里はインデックスのなかの「六角市」で指を止めそのページを開く。

 左右で構成された両開きの六角市の地図があり、地図の中央には印刷された赤い六芒星があった。 

 (六角市にある公立高校の六校の六点を結ぶと六芒星が形成される。六波羅班長のところの女性警察官がいっていたように五芒星のエンブレムに漢数字が入るからわかりやすくていい。六芒星の先端にあるのが六角市第一高校で他に二校、三校、四校、五校、六校の六つの高校が存在している)