第328話 それぞれの接点


 『伊万里。おおまかな概要はそのPDFのとおり』

 

 わずかなあいだで戸村伊万里のもとに同僚からのメールが返ってきていた。

 件名には「六角市教育委員会 寄白繰 聞き取り調査」とあってPCの画面にはPDFファイルが展開されている。

 戸村伊万里はPCを前にして通話中だ。

 「ということは寄白繰は六角第四高校を解体し六角市の結界のバランスを崩すことで六角市の現状に一石を投じたかったわけね?」

 (それが寄白繰が六角第四高校の工事を急いだ理由か)

 『まあ、そうね。そこに至った経緯もシシャというシステムを背負った美子いもうとのためと、恋人だったのかどうかはわからないけど九久津堂流という存在が大きい。伊万里も知らないわけじゃないでしょ? 不世出ふせいしゅつの天才召喚憑依能力者、九久津堂流』

 「そりゃあ私たちの組織・・にとっては因縁の相手だもの。ただ私個人にはなんの怨恨うらみもないけど。むしろ救偉人としては尊敬できる相手。でも気の毒よね。能力者のデータベースから消されるよう扱いにされるなんて」

 『それでも六角市の教育委員長升和志ますかずしのように九久津堂流かれを買っている能力者おとなも多い。いずれ不名誉は返上されるじゃないかしら』

 (升さんは行き場を失っていた私たち姉妹の恩人でもある……苦難を生きる若者の味方、だからこそ教育委員長という立場にもいる)

 「私だってフランスのトレーズナイツから一目置かれていた九久津堂流かれにはそうなってもらいたいわ。功績からいってもそうよ。ただほとんどの人は九久津堂流がデータベースから消されている理由を知らない。いや消されていることさえ知らない……結局、寄白繰は自分が六角市の結界のバランスを崩したばっかりに死者が反乱をおこしたと思っていた、と?」

 『そう。じっさいは六校の一校を潰したくらいじゃたいした意味はないんだけどね。それで教育委員会が寄白繰に聞き取り調査に入った。そこに立ち会っていたのが六角市の教育委員長、升和志と六角第二高校の校長の五味均一。もっと聞き取り調査の内容は前死者であった真野絵音未のブラックアウトした理由について、ただその聞き取り調査の最中に升和志がバシリスクの日本上陸を察知したため調査はお開き。結局のところ真野絵音未がブラックアウトした理由は謎のまま、まあそのまま聞き取りをつづけていても寄白繰に死者がブラックアウトした理由なんてわからなかっただろうけど』

 「アヤカシがブラックアウトする理由なんて簡単にわかるわけじゃないわ」

 『そうね。その聞き取り調査は中断された部分までが資料にまとめられて当局に提出されていた。ちなみに五味均一はアンゴルモアの討伐でも作戦指揮した人物ね』

 「アンゴルモアの!?」

 『ええ、そう。そしてその功績を讃えられ救偉人の勲章を授与されたのが現、外務省の一条空間と文科省の二条晴。不思議なんだけど、今が伊万里が調べてることを探ってた形跡があるのよね』

 「誰が?」

 『外務省の一条。この男もキレ者っていわてるけど。現在は出張中な、ん、だ、けど、私が調べたかぎりジーランディアに接触する手はずが整ってるのよ。上陸するのかな?』

 「まあ、外務省には外務省の仕事があるし。ジーランディアとの折衝せっしょうも能力者以外じゃ無理よ」

 『今私が話して内容がそのPDFで六角市の重大インシデントとして当局にまで上がってきていたものね。ただこの件は国内でそこまで重要視されてなくて、鷹司官房長官の耳に入ってるかどうかもわからない』

 「そっか。でも工事のことと寄白繰のことを知れたからいいわ。ありがとう」

 『ううん。それと伊万里がいってたことで気になった点があるんだけど』

 「なに?」

 『四仮家元也の金銭授受疑惑で国税を止めた話あったでしょ、金銭と引き換えにオムニポテントヒーラーの能力を使った例の事件。これも一条が探ってたみたいなんだよね』

 「どうしてなんの関係もない一条がいむしょうが?」

 『厚労省の能力者データベースにアクセスして弾かれた人物がいるの。その人物がが一条と知り合いで、一条が動くきっかけになったのがそれみたい』

 「その人物って誰?」

 『国立六角病院、総合魔障診療医九条くじょう千癒貴ちゆき

 (ここにきて六角市の寄白家、九久津家、真野家の三家と教育関係者、黒杉工業だけじゃなく、鷹司官房長官、国交省近衛、外務省一条、文科省二条、厚労省九条の五摂家まで足をつこんできてるのか。四仮家元也は元六角第一高校の校長で寄白繰との接点もある……国立六角病院に的を絞っていた私は正解だったかもしれない)

 「けど魔障診療医の九条がデータベースにアクセスして九久津堂流の内容がなかっただけで別の省庁の一条に調査なんて依頼する? その越権行為って大事おおごとよ」

 『治療の関係であまり内容は明かせないらしいけど、九条の患者ってのがどうやら九久津堂流の弟の毬緒らしい。治療のいっかんなのかな? そこまではわからないけど。バシリスク絡みでしょ。総合魔障診療医の九条っていえば患者のためには多少強引なところもあるってきくし。それってまあ、魔障患者にとってはありがたいんだろうけど』

 (まさかここで九久津毬緒の名前もでてくるとは。たしかに彼になにかあるとは思うけど。魔障であんな状態になってるってこと。……彼は召喚憑依能力者、もしかして悪魔と契約を交わした魔契約とか? それがあのポテンシャルなら納得もいくけど)

 『さらに驚くことにバシリスクとの戦闘で瀕死状態に陥った九久津堂流の主治医だったのが四仮家元也よ』

 「えっ、今、なんって?」

 『だから九久津堂流の最期に立ち会ってるのよ。四仮家元也は』

 (なんで四仮家そこも絡んでくるのか、って、魔障専門医なんだしそれはあるか。……あれ!? ならどうして四仮家は九久津堂流にオムニポテントヒーラーの能力を使わなかったんだろう。九久津家がそれをつっぱねたから? 金銭に余裕がないとしても株式会社ヨリシロの株を売れば大金なんてすぐに手にはいる。我が子の命のためなら安いはず。私だってあのとき父と母を治せたなら莫大な金額だって払う)

 『で、私は一条が掴んでない情報まで手に入れたわよ』

 「自分いうのもなんだけど、恐ろしい調査能力よね? この組織って、それで?」

 『これが私たちが属する組織に与えられた特権じゃない。伊万里にはそれプラス救偉人の力もある。ああ、それでだけど。四仮家元也の密室で金品授受の疑いは当局でも知ってる人は知ってることよね?』

 「ええ。人の足元を見て金で病気や怪我を治してるんじゃないかって疑惑」

 (やっぱり九久津家ならどんな金額でも用意できる。場合よっては寄白家から用立てることだって可能。四仮家にも表と裏の顔があるの? 命の選択、生殺与奪。警察の調書には佐野和紗という少年を保護した記録もあった。どっちが本当の顔?)

 『そのときにオムニポテントヒーラーが救ったとされる人物がわかったのよ』

 「誰?」

 『伊万里、そもそもこの話、私、ずっと気になってたことがあるのよ』

 「なにが?」

 『5W1HのWhereどこで』

 「どこでって噂では四仮家元也が余命半年のVIP患者を救ったんだから病室でしょ? それにVIP患者ならVIPルームよ」

 『そうだろうね』

 「でしょ。そしてその患者の退院後に四仮家の口座、厳密には奥さんの口座に複数回にわけ現金が振り込まれてたってはなし。それに感づいた誰かが国税を止めた」

 『私が引っかかった点、そのVIP患者は一般の疾病だったのか、それとも魔障患者・・・・だったのかってところ』

 「あ~あ、たしかに魔障であれば一般人だとしもアヤカシ、忌具、魔障の存在を知ってる者にかぎられる。公にできない魔障であれば、国税が動こうとしても巨大な権力ちからで覆うしかない。たとえば国民が大パニックになるような大規模な災害魔障とか」

 『そういうことも考えられるでしょ。まあ、無関係だとは思うけど、今、世界の十数か国で魔獣型の妖精が大量発生してるらしいの。そのなかで寄生パラサイト妖精フェアリーって魔障はなかなか大変らしい。人々を混乱させないためには、ある種の隠蔽が必要な場合もあるわよ。さっきの総合魔障診療医九条くじょう千癒貴ちゆきじゃないけど、ふううの能力者はしない行動でも魔障診療医ならする行動だってあるかもしれない。この部分には関しては私たちとでは思考回路がまるで違うから』

 「それは一理あるかもしれない」

 『それでそのVIP患者っていうのが、六角市のNPO法人”幸せの形”を立ち上げた人物。今の代表とは別の人物ね』

 (は!? そんなことって……。四仮家元也の密室金銭授受事件のVIP患者が幸せの形の発起人。遺児や孤児を守るための組織の代表が己の命を金で買ったっていうの)

 「そ、そんな……」

 『けど、けどよ。退院後にしばらくして交通事故で死亡』

 「こ、交通事故で死亡って。口封じ?」

 『でも自損事故じそんじこなのよ』

 「自分だけの単独事故ってことでしょ?」

 『しいていえばガードレール相手。発見時にはすでに心肺停止状態』

 (能力を使いを金を受取り、のちにその人物を消すって。四仮家にとって今の幸せの形の代表のほうが言うことをきくってことか。官房機密費はやっぱりそこ。国税を止めたのは官房機密費を障害なく流すため。鷹司官房長官と四仮家元也はグル。四仮家元也は現在、総務省参与、非常勤の立場で身動きはとりやすい。逆にこっちが動けなくなった)

――――――――――――

――――――

―――