第330話 証券コード


 『あと私が伊万里にあげられる情報はっと。外務省がかなりの数の新約死海写本を手に入れてるってことくらいかな。一条がジーランディアにいってるのもそれ関連かもね』

 「新約死海写本……」

 (迫りくる終わり。だからこの日常を永続させるために人の世界に秩序を取り戻させないと。結局、一人一人の負力が巨大な岩をも砕く雨だれのように世界を終わりに向かわせる。ただ個々の意思が尊重されるこの社会。コミュニティも崩壊しかかってる今それができる?)

  戸村伊万里はクリスタルスカルにそっと触れた。

 (前ターム、運命の概念はすべてを壊すことを選ばなかった。そして始まった今ターム。私は今タームがはじまったあらすじしか知らない。オロチと運命……)

 『Y(時間)軸からの警告。人が犯してきた罪への罰。 外務省が解読した新約死海写本の中身。【殺戮の魔王。戴冠たいかん間近】だって』

 (新約死海写本とはY(時間)軸からの警告というより。運命のホストが未来へ投じた因果の多重選択線)

 「自分でいうのもなんだけど私たち組織の調査能力ってのは恐ろしいわね。それ外務省の極秘情報でしょ?」

 『あたりまえでしょ』

 「殺戮の魔王ってなにを意味するのかな?」

 『まあ、この手のものって抽象的だからね。ルシファー復活とかならわかりやすいんだけど。その場合はゴエティア・ソロモン七十二柱の悪魔たちも追随してくるはずし。アメリカの国防総省がつねにモニタリングしてるけど動きはない』

 「魔王を災いの象徴と仮定すれば、なにかしらの事件ってことも考えられるか?」

 『大規模災害魔障とかの可能性はあるかもね』

 「アンゴルモアの場合は――空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために――って文言だった。これは超巨大なアヤカシ、アンゴルモアとして具現化した」

 『そうそう。あっ、さっき私がいった妖精の大量発生が全世界で発生すれば、どう?』

 「さすがに妖精でそれはないと思う」

 戸村伊万里はパイプ式ファイルの傍らで行き詰まりを感じていた。

  (四仮家元也と鷹司官房長官が手を組んでいると仮定し、私が、つぎに動く一手……いや、動ける一手は、っと)

 戸村伊万里はPCを前にしてなんの変哲もない検索エンジンに四桁の数字を打った。

 途端に画面が変遷すると、日本の「円」を示す「JPY」のあとに三桁の数字があった。

 上には会社名「(株)ヨリシロ:株式/株価」とでている。

 (株式会社ヨリシロの株主総会は明々後日。ここから切り崩すしていくしかない)

 「9:00」で始まり「15:00」で終わる折れ線グラフもある。

 日本の株式市場は土日祝祭日を除く平日の九時に始まり午後三時に終わる。

 下には「始値」「高値」「安値」時価総額」「前日の終値」などという文言も並んでいる。

 「始値」はその日にはじめて取引された株価で、「高値」はその日でいちばん高い株価。

 「安値」はその日でいちばん安い株価。

 「時価総額」は株価に発行済株式数をかけた額、会社のランキングの指標にも使われる。

 「前日の終値」は文字通り前日の最後についた株価。

 戸村伊万里は株式会社ヨリシロの一日の値動きを見ている。

 金融犯罪を扱う、捜査二課の刑事にとってこのグラフの見方など朝飯前だ。

 (これだけの大企業なら少なくなったとはいえ総会屋の介入も考えられる。前もって警備会社の警備員は配備してるだろけど六角中央警察署にも臨場要請が入っているかもしれない。でも私は伊織と同じ顔。会場の周囲をうろつくにはリスクがある……一部上場企業の株主総会、さまざまな思惑を抱えた者が集まってくる)

 戸村伊万里はチャートのなかにある。

 「一日」「一週間」「一カ月」「半年」「一年」とある中の「一年」をクリックした。

 ジグザグしていたグラフがある境目を頂点とした右肩下がりのグラフに変わっていた。

 (この頂点が寄白繰が社長に就任する前日、つまり株式会社ヨリシロの新社長就任のクーデター前夜といってもいい。寄白繰が社長に就任して以来ヨリシロの株価は緩やかだけど確実に下がりつづけている。寄白繰の遅すぎる反抗は九久津堂流の死に起因した完全な私情によるもの。ただそれは一般には知られていない。関係者にとっても褒められたものじゃないだろう)

 戸村伊万里は数十分ぶりにパイプ式ファイルの後方ページを開いた。

 (個人筆頭株主は真野家の当主。つまりは現在の死者である真野エネミー父親。でも、この株価の保有率はちょっと多い……。ただ使者である寄白美子の影である死者を匿うという意味合いなら許容範囲か)

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