第347話 体育館裏の青春


 寄白さんは案の定まだ学級日誌を書いていた。

 それでいながら同時に『保健だより』まで広げている。

 サイドテールの寄白さんはかなりのポンコツだからしかたがない、か。

 それでも今日は四階に異変がないということだけは教えてくれた。

 ただ夕暮れ間近は要注意らしい? なにが?

 俺は社さんたちを待たせないよう寄白さんに一言告げて一足先に体育館の裏へと向かうことにした。

 寄白さんは日直の仕事が終わりしだい体育館の裏にくる予定だけど、黒板消しクリーナーの調子まで悪くてさらに遅れるかもしれない。

 寄白さんいわく、そのむかし黒板消しクリーナーのなかには人が入っていて、吸う力を使ってチョークの粉を吸ってたいたらしい。

 

 ――粉、吸ってらしてよ。

 こ、粉、吸うってのが犯罪のニオイがしなくもない。

 

 新たな学校の七不思議の誕生か? でも、そんな話はきいたことがないから七不思議に選出されず予選落ちするだろう。

 ちなみにその黒板消しクリーナーにあんまりチョークの粉を入れすぎると咳き込んで逆噴射するらしい。

 きっと気管に入ってせるからだ。

 廊下を歩いていると作業服の人とすれ違った。

 一礼すると、そのまま礼を返してくれた。

 校長は破損した四階のことで悩んでいたけど結局、教育委員会に修理の依頼をだしたといっていたからその人たちだろう。

 

 当局も動きが早い。

 まあ、四階をあのままにしておくわけにもいかないけど。

 なんか人体模型が壊れたドアを避けて走ってるのが思い浮かぶ。

 六角市では二校も工事で四校まで解体工事、当局や教育委員会は頭を抱えてるかもしれない。

 あっ!? 今って一校の四階、二校、四校でなんらかの工事が行われてる? 六角駅かよ!?

 

 校長はこういうことに自腹は切れないっていってたからな。

 こっそり国が助けてくれたとかってことも……? まあ、スマホのギガ消費で頭を悩ませる高校生おれには知る由もない。

 考え事をしながら体育館の裏までいくとすでに先客がいた。

 だ、誰だ? 制服姿だからもちろん六角第一高校いちこうの生徒ではある。

 ただ、青のネクタイとリボン。

 ってことは三年のお兄さんとお姉さんか。 

 「元々六角第一高校いちこうの体育館の裏に旧校舎があったんだってよ」

 三年のお兄さんが自慢げに三年のお姉さんにいった。

 校長も戦後は学校を建てるのに土地が広くて安い墓地の跡地が選ばれたっていってたもんな。

 あの話きいたときは俺も本当だったのか?って驚いたし。

 全国にある旧校舎のトイレの幽霊の話とかも、そんな都市伝説から生まれたんだろう。

 「えっ、ロミ。そうなの?」

 「そうだよ。とりあえずジュリ。倉庫んとこいくぞ」

 「ロミ。なんなの? ひどくない。私がいながら他の女のところに連れていくって」 

 「はあ?」

 ……ん? 三年カップル仲良くしてたと思ったのに、なんか急展開。

 こ、これは校内の訳ありカップルか? あるいは学際とかの行事のわずかな準備期間にくっついたやつか? 

 

 「私たちのこと誰にもバレてないのに、もう浮気」

 たしかにいるな。

 クラスの相関図を事前に把握している事情通さえノーマークのカップル。

 学生生活では学際の準備期間とか体育祭の練習中とかにそういうのが頻発する。

 

 「だから違うって。俺ら準備係に任命されたんだからいくしかないだろ。倉庫・・に」

 「なんなの。そう子・・・そう子・・・ってもう呼び捨て」

 「ジュリ。呼び捨てって倉庫は倉庫だろ? だって体育館たいいくかん倉庫そうこだろ」

 「結局、男ってみんなお嬢様が好きなのよね? ”たいいくかん”って、さぞかしスゴい名家なんでしょうね?」

 えっ!?

 三年のお姉さま、「たいいくかんそう子」は「体育館倉庫たいいくかんそうこ」だよ。

 女子高生のなかでは痛看いたかんの「道路工事中どうろこうじちゅう」みたいなのが流行はやってんのか?

 このあいだの歴史の小テストの「武者小路実篤むしゃのこうじさねあつ」と「宝蔵院胤舜ほうぞういんいんしゅん」を思いだす。

 

 「体育館倉庫たいいくかんそうこ」に「道路工事中どうろこうじちゅう」、それと「武者小路実篤むしゃのこうじさねあつ」に「宝蔵院胤舜ほうぞういんいんしゅん」なんか字面が華族にでもいそうだな。

 これって日常にけっこうあるんじゃないか? 例えば、「水族館すいぞくかん」、こ、これはそれっぽいぞ!! ぽい。

 「ぞう」と「ぞく」が「宝蔵院」の流れを汲んでる。

 だが、下の名前が重要だ。

 「水族館」につづく名前、「いくら」、「水族館いくら」。

 ちょっと現代ふうだな。

 もっとマッチした名前があるはずだ。

 「たらこ」、そうだ「たらこ」これでどうだ。

 「水族館たらこ」

 ……ん? い、いや、待てよ、こ、これは下の名前より苗字にトラップがしかけられてる。

 ……し、まった 「水族館」「美術館」「図書館」

 施設的なものはぜんぶ「かん」だ。 

 だ、だまされたー!!

 ここはもっと別角度からさらに華麗な苗字を探すんだ。

 なんか仰々しくもあり、それでいて誰がきいても――まあ、すごいわ。ってなる苗字。

 ……ん……? 九久津は九久津でかっけー苗字だな。

 沙田、俺はふつう。

 俺ってふつう高校生のなので名前まで、またふつうかよ!!

 おっ!! 

 あった、あったぞー「動物園」。

 いいぞ「えん」。

 こ、これは新しい。

 どうだ「動物園」

 

 「動物園」の家系。

 初代「動物園開園どうぶつえんかいえん」と二代目「動物園閉園どうぶつえんへいえん」。

 すごい名家の誕生だ。

 でも三代目が大事。

 世襲制はよく三代目が凋落だめにするときく。

 

 三代目の名前は慎重に名付けるんだ。

 いでよ「動物園家どうぶつえんけ」の三代目!!

 いや、「動物園家どうぶつえんけ」の三代目いでよ!! 

 こっちのほうが”いでる”感がある。

 ……三代目いでよ? これって古典っぽいか? いや、しいていえばレ点っぽい?

 負けるな俺、いでよ!!

 きたー、「動物園休園どうぶつえんきゅうえん」、さ、三代つづいた。

 これで「動物園家どうぶつえんけ」は安泰だ。

 ち、ちがう、三代目が家を潰すというなら、それより大事なのは四代目かもしれない。

 けど「動物園開園どうぶつえんかいえん」も「動物園閉園どうぶつえんへいえん」も「動物園休園どうぶつえんきゅうえん」。

 結局、「園」が飛び飛びでふたつ入ってるし発音したときの語呂も悪いし。

 これまた、あの小テストのときと同じで「院院いんいん」のように「園」と「園」で「園園えんえん」になってパンダ感が出てしまった。

 

 うぉぉ!! 俺がわけわからん、どっかの一族の物語を描いてるうちに三年のお兄さんとお姉さんの事態がさらに急展開してた。

 三年のお兄さんは三年生のお姉さんに裏拳のような競技かるたふうビンタされた。

 これはもはや「千早振ちはやぶるるビンタ」、かみ

 うん、若いってのはいいな。

 「やっぱり私は都合のいい女なんでしょ?」

 またまた高校生らしくない。

 こういう――都合のいい女のイザコザって、ふつう(?)部長と入社三年目くらいの女子社員がやるやつのなのに。

 「ジュリ。だから違うって」

 「私がいつも絆創膏を持ってるからって。結局、絆創膏だけが目当てなんでしょ!?」

 「まあ、それをいわれるとちょっと」

 「男子なんてみんなそうよ。さかむけ、指を切った、爪が割れた。そんなときだけ私に近づいてくる。私はいったいなんなの?」

 あの三年のお姉さんは、爪切り、綿棒、毛抜きなんかの入った救急ポーチを持ってる完璧女子。

 お姉さんはできる高三だよ。

 「ジュリ。そうじゃねーよ。絆創膏ばんそうこは、さ」

 でも三年のお姉さん。

 それはただみんな、純粋に絆創膏がほしいだけだと思うよ。

 だってさかむけも、切り傷も、指、痛てーじゃん。

 「ばん。そうこ? って、さっきの”そう子”と苗字が違うじゃない。そう子ってふたりいたの?」

 たしかにお兄さんの話かたがすこし早口になって「ばんそうこ」ってきこえたけど、お姉さん、絆創膏だよ。

 「そう子」じゃなく「そうこう・・・・」ね。

 「いや、だから絆創膏は傷を」

 「傷。傷って心の傷? もしかして、今回のそう子ちゃん境遇大変系女子? 泣ける系?」

 「えっ? まあ、まあ、そ、そうかな。ほら一昨日の夜やってたダーク・ドーターな感じ」

 お兄さんさじを投げた。

 しかも一昨日の深夜にやってたキラリメガネが犯人のアニメ観てるし。

 ダーク・ドーターとシャイン・サン。

 でも最後は立派なクラゲ漁師になったよな。

 最後アニメのなかでクラゲを養殖してそのクラゲの軟骨(?)をサプリにするっていってたけど。

 今度九久津がクラゲの軟骨サプリ飲んでないか確認てみよう。

 そもそもクラゲに軟骨なんてあんのか? あのコリコリ感が軟骨か? それとも本体か?

 「ロミ男、他の女の子にも優しくするのに私には絆創膏を貼ってくれないんだ?」

 「えっ、いや、貼るよ」

 おっ、仲直りのターンに突入した。

 なんだかんだお姉さん、お兄さんにベタ惚れか?

 

 「ロミ。ちょっと、急に近い」

 あっ、三年のお兄さん急に距離つめすぎた。

 ――バンっと、音がした。

 ただ、この音は「千早振ちはやぶるるビンタ」、しもではない。

 お兄さんは体育館の壁に指を打っていた。

 痛そう。

 「痛ってー。あっ、指から血出てる。なあ、ジュリ絆創膏ある?」

 

 「ロミ。や、やっぱり!? 私の絆創膏が目当てなのね?」

 「バカ、これは、おまえが急にグッってくるから。指が壁に

ガーンって」

 「信じられるわけないでしょ、そんな言葉。ロミは言うことコロコロ変わるのに。本当は野球をやりたいけどデッドボールが怖いっていうし。サーフィンもやりたいけどサメが怖いっていうし」

 お姉さん、バードストライクとシャークアタックだけはなめたらいかんよ。

 ボードについたサメの歯形みたらおののくぞ。

 サメだってさ軟骨を狙い撃ちでサプリにされたらそりゃあ人間に抵抗するじゃん!!

 九久津まだサメ軟骨飲んでんのかな? あれ? あれってサメの肋骨だっけ? まあ、どっちでもいい。

 どっちにしろ、お姉さん、人の都合でサプリになるサメの気持ちわかるか? クラゲの気持ちもだけど。

 

 「けど、本当に指、打ったんだよ」

  三年カップル……こ、ここからどうすんだよ。