「男ってのは最低だな」
よ、寄白さんの声。
な、なにげに寄白さんも三年生のリアルドキュメンタリーを視聴てたのか? 三年生カップルの修羅場見放題。
サブスクじゃん。
でも、寄白さんどのシーンから視聴てたんだろ? なんなら巻き戻して最初から観たほうが物語の全体像がわかるんだけど。
俺のうしろに日直の仕事を終えて能力者のセンスで気配を消したポニーテールの寄白さんがいた。
あるいは「シシャ」得意の気配消しかもしれない。
「さだわらし」
「は、はい?」
「テレビのなかで警察に逮捕された変態がいってたんだけど。男はどうして女子高生の自転車にサドルになりたがるんだ?」
「は、はい?」
寄白さん、な、なんて難しい質問をするんだ。
それはひとつの学問になってもいいくらいの問題、いや命題。
しかもこの三年カップルを見てその疑問を抱くとは。
よ、寄白さん上級すぎる。
かつては俺も「一反・木綿のパンツ」になって世の男を弄んでやろうと思い、悪い道に誘われそうにもなった。
ただ、さすがに「一反・木綿のパンツ」から「女子高生限定自転車のサドル」に転職しようと思ったことはない。
寄白さんは真後ろからじょじょに間合いを縮めて俺の耳元に顔を寄せた。
な、なんだ? あっ、なんか言った。
えっと、なんて? ――エフ、イー。
俺は心のなかで反唱する。
寄白さんのイヤリングの先端が俺の髪をかすめていった。
エ、エフ、イー、とは? エフとはズバリ「F」か? なら発音の候補は「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」になる。
なかにはヤバそうな響きもあるけど。
イーは「E」か? F・E。
言葉の響きは欧米的、あっ!!
そっか、こ、これはNaclの再来。
となるとFeは化学式的なやつだ。
なら――水兵リーベ僕の船、七曲りシップスクラークか――を使えばいい。
そして「船」の「ふ」にあたる元素記号。
それが「F」だ。
ふふ、もうわかってしまったぞ、ってことはフッ素。
ほー、フッ素、答えはフッ素だ。
女子高生の自転車のサドルになぜフッ素? 歯にフッ素塗ると強くなるからサドルも強くなるとでも? フッ素でコーティングした強化サドル、それはつまり強虫サドルのこと。
ちょっとやそっとじゃヘコたれないサドル。
その強くなったサドルをどうすれば?
「いや~。黒板消しクリーナー直すの大変だった」
黒板消しクリーナー問題をちゃんと解決して体育館の裏にきた寄白さんは晴れ晴れとしていた。
反対に俺は暗中模索中。
「Fe」は「F」と「e」が結合した状態。
あっ!! そ、そうだ、そう、「Fe」は「鉄」だ。
「F」と「e」が結合したわけじゃない、単体で「Fe」。
寄白さんはサドルなんて、ただの鉄といいたかったんだ。
けど――水兵リーベ僕の船、七曲りシップスクラークか――の中に「鉄」ねーじゃん。
二時間目の理科のおさらいが役に立った、の、か? Fe入ってないのに? そもそも――シップスクラークか――ってなんじゃい!!
それでも俺は「鉄」を導き出した。
「さだわらし。おまえはそれでいいのか?」
えっ、どういうこと? 俺のなかで「エフ・イー」が「鉄」だと辿りついたときだった。
「なにが?」
久しぶりの下僕感。
「せっかく鉄に生まれてきたのに女子高生が乗る自転車のサドルでいいのかって訊いてるんだ?」
「え、えっと……」
「鉄で生まれたからにはもっと大きなことをしたくないか?」
なるほど、鉄にも鉄の夢がある。
「酸化鉄」みたいに、ただ「錆」ては終われない。
できるなら珍しい物質と結合したい。
化学式の中でそれはもう「+」だの「3」だの「6」だのをいっぱいつけたい。
「たしかに」
「だろ?」
「うん。寄白さん、俺、鉄に生まれたからには」
「生まれたからには?」
「都庁の避雷針になる」
「都庁? たりないよ」
「はい?」
「それじゃたりない。高さが」
「た、高さ?」
「そう。高層が」
寄白さんは手と手を横にして重ねて上になったほうの手をゆっくりと上昇げていった。
「な、なら、ドバイあたりの世界一高いビルの貯水槽の中心の柱でどうでしょうか?」
「だろ」
これで俺の冤罪が晴れる。
じゃなかったら六角市の公共交通機関内に【沙田雅 女子高生の自転車のサドルに憧れる】という中吊り広告がでたかもしれない。
い、いやー!!
中吊られのだけは。
中吊られるのは逆さ吊りよりも厳しい。
手すり十に対して一の割合くらいで中吊りの俺。
ぜ、絶対にいやだー!!
我ながら女子高生の自転車のサドルに憧れるってどういう意味だ!!
俺はまた寄白さんにペースを乱されていた。