「きちゃ・っ・た」
「おっ!? びびった」
俺が「中吊りの鉄(?)」になりかけているとエネミーはケンケンパのようにトントン跳ねて俺の真横に飛んできた。
エネミー――きちゃったじゃねーし!! ”アル”はどこいった? 完全に宿泊研修のノリだな。
ようやくエネミーと社さんが「六角第一高校」に着いた。
「あげみ」
だから”アル”はどこいった。
エネミーのやつ「六角第一高校」の四階以外は初めてで舞い上がってるのか? ましてやここには体育館と体育館倉庫がある。
それにバックネットとグランド、それにはちょとした芝生も。
この時間帯ほとんどの運動部は着替えを済ませたあとに学校の外までランニングにいっているからしばらく過疎る。
「六角第一高校」から西側の守護山のほうに向かって走っていくため途中から車道と歩道と木々だけの道になる。
往復で十キロは走ってるはずだから約四十分、グラウンドは人もまばら。
だが三年カップルのようなのが、この隙間にさらっと入ってくる。
放課後は学生に与えられた自由の象徴だけど、人のすくない時間帯は逆に弱点(?)だ。
昨日の乾ききってない雨粒がまだすこし芝生に残っていて青春っぽい。
なによりあの三年カップルが青春だ。
このグランドってなんの変哲もない景色だけど川相さんの状況からすれば望んでも手に入れられないイベントなんだよな。
エネミーは今日はじめて会った寄白さんとボールも持ってないのにバスケのピボットの動きで牽制し合っていた。
「使者」と「死者」でなんの儀式だよ?
ポニーテールの寄白さんも、エネミーのこのノリに付き合うんだ。
意外とカワイイ部分が、ってこの心の声をきかれたらヤバい。
下僕の俺はただじゃすまない。
確実にコールド噴射だろう。
エネミーは空気ピボットしながら俺に近づいてきた。
う、動きがギコギコしてる。
「沙田、よくきくアル。ふふ~ん。うちはもう”ちっぱい”じゃないアル!!」
「どういうこと?」
「昨日、雛パパに治してもらったアル。これからどんどん繰みたいになるから楽しみにしとけ」
”しとけ”って。
エネミーのやつ只野先生がいってたアドバイスを社さんのお父さんに言ったんだ。
昨日、フードコートのあとは社さん家、つまり六角神社にいったんだ。
そんなお試しエステ感覚でやってくんなよ!!
「六角第一高校は階段の手すりと段差が見事にマリアージュしてるアルな?」
エネミーは体育館の外階段を見ている。
「それがふつうの階段だろ。バツイチ階段とかヤベーよ!?」
「うちの高校はリアス式階段アルからな」
「リアス式階段って六角第二高校の階段ガッタガタじゃん!?」
ま、まさか七不思議製作委員会のときに寄白さんがいってた――わたくし一段目だと思ったら七段目だったことがあります――ってあれリアス式階段のことだったのか? ほぼ墜落だ。
七段目めちゃくちゃ墜落ちてるじゃん。
だって、さあ、階段上ろうって足かけたとたんそれが七段目だったってことだろ? 墜落した七段目ってもはや一段目、ああ、だから寄白さんは――わたくし一段目だと思ったら七段目だったことがあります――って言ってたのか。
あれって落ちた階段の踏み台のことだったんだ。
科学(?)がついに七不思議の【段数の変わる階段】の謎を解き明かした。
解き明かしてしまったのか?
年々、地震も多くなってきた気がするし。
大地の主が怒ってるんだろう。
七不思議はもともと人を遠ざけるための噂。
これも壊れた階段は危ないから近づくなって理由か。
でもなかには謎は謎のままにしておいたほうがいいこともあるだろう。
人の入った”黒板消しクリーナー”もじつは深い意味があるのかもしれない。
「だからうちの六角第二高校改修工事してるアルよ」
そのままの理由だな。
「六角第一高校」が築三十年だっけ? けど「六角第四高校」が老朽化で今も工事だから「六角第四高校」がいちばん古い校舎ってことか? まあ、「六角第四高校」の工事のきっかけは校長の独断だけど。
んで、社さんとエネミーの通う「六角第二高校」が工事開始? あっ、そっか別に建築した順番じゃなくても自然災害とかでも劣化する順番は変わるな。
俺が「六角第一高校」に転入してから一回「六角第三高校」に帰ってたときもやっぱり屋上がいちばん雨風のダメージを受けてた。
アメリカで発生したアンドロメダのようなハリケーンが建物に直撃したら大ダメージだろう。
あれほどの威力じゃないにしろ日本にも台風がある。
「校舎内工事中アルな」
こ、「校舎内工事」だと!?
これまた豪華絢爛な苗字、いや、違う。
ぜんぜんふつうだった。
俺は苗字に気をとられすぎか? それよりここにエネミーがいるんだから俺がスマホ検索もせずに待ちに待っていた例のアレを訊かないと。
「それでエネミー啓清芒寒の意味は?」
「ああ、あれアルか? あれは偉人からとったネーミングアルね」
「は、い?」
偉人?
「ケイセイボウ・カーンから拝借してるアルよ。間違いないアルよ」
また変なところで区切ったな。
そ、それはあれか? ジンギスカンはチンギス・ハンから由来てる的なこと? そもそも「ケイセイボウ・カーン」なんて知らねーし!!
どこの国の偉人だよ?
「エネミーもういちど訊く。ワンシーズンの派生ユニット啓清芒寒の名前の由来は?」
「だから偉人のケイセイボウ・カーンが由来アルよ。織田秀康と並ぶ偉人アルな」
「そんな偉人いたか?」
日本史にいたとするなら、けいせい坊とかって苗字になりそうだけど。
「坊」のつく偉人なんて「武蔵坊弁慶」の「武蔵坊」しか知らない。
エネミーの思考がまたまた「道路工事中」になってる気がした。
いや、それは、さっきまでの俺か? お、俺なのか? それに”おだひでやす”? 信長の子孫にそんな人物いたか?
ああー!? エネミーのやつ「織田信長」と「豊臣秀吉」と「徳川家康」の三英傑をギュってしやがった。
「いるかもしれないアルよ」
かもしれない、だと?
「誰だよ?」
「スマホで調べろアルよ?」
そっこーネット解禁? 結局、現代っ娘はネットなのね。
俺がネットに頼らなかった待機時間はなんだったんだ。
まあ、いい。
偉人のケイセイボウ・カーン、ね。
俺はスマホでまずは正式な啓清芒寒文字の最初の一文字「啓」と入力する。
とたん謎のサジェスト機能が働き、芸能ニュースに飛んでいった。
トップの記事におもいっきり啓清芒寒が載ってるし。
二十四節季のなかの「啓蟄」、「清明」、「芒種」、「寒露」の頭一文字をとって啓清芒寒と名づけた。
啓清芒寒の選抜メンバーと今回の曲のプロデューサーであるHPAがインタビューに答えていた。
HPA髪の色控えめの黒系になってるし。
新アー写になってるし。
「おい。エネミーぜんぜん違うじゃねーか!!」
「それな」
エネミーの現役女子高生語が俺に炸裂した。
またまた「アル」がない。
「それな、で全部を終わらせるな」
「それな」
ヤベーこれオセロなら四つ角とられてる。
なにをいっても「それな」でひっくり返される。
女子高生恐るべし。
エネミー自身も啓清芒寒の意味まったくわかってなったのか? それか、ただたんに俺がおちょくられてるのか? 前にも社さんのいる前で「おちょくってるアル」って言われたことあるし。
エネミーには前科がある。
なのにあの夜の電話で、よくもまあ、ここまで堂々と言いきったもんだ。
ためしに俺は平仮名の「けいせいぼう」でも検索してみた。
すると「傾性、膨圧運動」という謎の言葉がヒットした。
「傾性、膨圧運動」の「傾性膨」を引っかけてきたのか。
傾性膨ってなんじゃい!!
「ふたりとも盛り上がってるところ悪いんだけど」
社さんがエネミーのブレザーを掴んだ。