「えっ、な、なに?」
俺が答えると社さんはすこし呆れ気味だった。
あっ、外部の生徒であるエネミーが騒ぎすぎってことか? でも「六角第二高校」の生徒がここにいてもあんまり違和感はない。
六角市の制服はみんな同じで五芒星のなかの数字が違うだけだから。
俺が社さんとエネミーと顔見知りという点を除いても放課後「六角第一高校」に社さんとエネミーがいても気にならないな。
それに社さんも半年前までは「六角第一高校」の生徒だったんだから知り合いの生徒だっているはずだ。
寄白さんは、今、校舎の影から体育館の横の体育館倉庫をながめていた。
三年カップルのふたりはというと体育館倉庫、たぶん「体育館そう子」と絆創膏、たぶん「絆そう子」と私、いったい誰を選ぶの?って感じで彼女(?)の取り合になった挙句、体育館倉庫のなかの備品を散らかしはじめた。
三年のお兄さんとお姉さんなにやってんだよ!?
おっ、あっ、お兄さん走った。
と、逃走した!?
それを追いかけるお姉さん。
おいおい。
体育館倉庫の備品が散乱したままだけど。
三年カップル一波乱起こしすぎ。
どうでもいいけど、片づけてから去ってくれ。
「沙田くん。これ」
社さんに三年生カップルは目に入ってないのかっていうくらい冷静だ。
そんな社さんからとうとつに白い粉の入った小袋を渡された。
こ、これってまさか、さっきサイドテールの寄白さんがいっていた――粉、吸ってらしてよ、の粉。
や、社さん、こ、これはいったい? 俺はその粉をチラ見した。
チョークの粉よりも粉の目が粗い。
やっぱりチョークの粉の可能性は低い。
こ、これはヤバい取引なのか? しかもここは運良く(?)体育館の裏手。
山田といい、社さんといい陽に当たらない場所はうしろめたいことをすると相場は決まってる。
社さん、完全に密売人。
横流し!!
ま、末端価格はいくらなんだ? あるいはクオカードで換算するクオ価格ならいくらだ?
「あっ、あ、ありがとう、へへ」
「沙田くん。それ、六角神社の塩」
で、ですよね~。
社さんがヤバイ粉を横流しなんてするわけがない。
「あっ、ああ~。し、塩ね」
そ、そうだよ。
これはただのNaCl。
「六角市神社の塩は守る塩と書いて守塩っていうの」
へー、てか、やっと俺もこの塩を手に入れることができた。
佐野でさえも持ってるという「六角第一高校」生徒の必須アイテム、マイお塩。
下級ていどのアヤカシなら祓えるという、つまりは除怪できるという由緒正しき塩だ。
熱中症予防にも使えるだろう、今日の弁当に醤油ないじゃんってときにも使えるだろう。
こ、これで俺もついに仲間!!
と、連帯感を覚える。
寄白さんはスマホで時間を確認していた。
「山田はまだこないだろう」
山田はまだこないのか?ってあいつ時間のゆとりありすぎ。
「なんでわかるの?」
「私が鈴木先生のところに学級日誌を持っていっとき校長室の前にいた」
そ、そうだった。
山田のターゲットは寄白さんじゃなくて校長だったんだ。
てことは校長室の前でしばらく過ごし、一試合観戦してから、ちょっと一風呂浴びてくっか感覚でクッキー缶掘りに体育館裏にくるのか? あっ!? そうだ社さんに言わなきゃいけないことあったんだ。
「社さん塩、大事にするよ。ところで社さんってやっぱ本が好き?」
「ええ、大好きよ」
「どんなジャンル? 切り裂きジャックとか?」
「そっちはアヤカシ関連で読んでたけど。推理小説とかミステリ系は元々好きかな。純文学もそこそこ読むわね」
「じゅ、純文学」
そ、それって芥川系だよな? うん、らしい、らしい。
「純文学のどんなところがいいの?」
「純文学って屈折した人が評価されたり、背徳的な行動でも賛美されるところとか、かな? その人が歩んだ人生を知ればどうしょうもない人にだって感情移入しちゃうし。その世界では社会から排斥されていても読者だけはその人となりがわかるからなおさらよね。現実なら絶対に許されないのに空想では許されるとか。結局、人って悲運とか悲恋が好きなのよね」
アニメのノベライズなんか読むけど、そっちはね~、ちょっと。
――屈折した人が評価されたり背徳的な行動でも賛美されるところ。
あれっ? でもそのテーマってアニメの中でも神アニメに多いよな。
神アニメのベースって案外そこなのか? 純文学は読まないけどそういうテーマもアニメに応用されてるってことか。
三年カップルも悲恋っちゃ悲恋だし。
悲運といえば悲運だし。
備品ほったらかしにされた俺らも悲運だし。
この散らかった備品、絶対俺らのせいにされるな。
「沙田くん、でも、どうして?」
「いや、この塩のお礼にと思って。今度本を一冊送るよ」
「ほんと!! ありがと」
俺はスマホを手に簡単な操作をする。
「ほい。送った」
「なにを?」
「電子図書ギフト券。それで好きな本を買っていいよ」
九久津の兄貴の件のこともあるし。
俺の中にいることずっと黙っていてくれてる。
「沙田くん。ありがとう。ゆっくり選らんで買うわね。あっ、でも絵本」
「絵本ってまさか、あの中学生の?」
「沙田くんも知ってるの?」
「朝、バスのテレビで見た」
「そっか。絵本でも電子書籍のものあるから。でもよく考えてから買うわね。あと私たち直接ここにきたからちょっと繰さんに挨拶にいってくる。美子の話からすれば山田はまだこなそうだし」
「わかった」
社さん喜んでくれた。
ほんとに本が好きなんだな。
「うちもいくアル」
エネミーはやっぱり社さんと一緒か。
ぴったりくっついて歩いてるし。
六角市の六校自体がぜんぶ姉妹校みたいもので六角第二高校の生徒が校舎を歩いてても部活の交流試合でもそういうことがあるから問題ない。
さっきも作業着の人も廊下を歩いてたし。
大型コピー機のトナー交換の業者の人だったり、売店の販売の人だったり。
学校って意外と外部の人がいるんだよな。
ただエネミーは金髪、まあ、六角市にだって交換留学生はいるはず。
だからこそ「前死者」とは違う外見にしたんだろう。
ある一定期間で転校するんだから「死者」であってもこれくらいの時間じゃ他の生徒に悪影響は与えない。
今、「六角第一高校」に「使者」と「死者」が揃ってるのか。
六角市の噂が実在してるんだってことは俺ら以外誰も知らないことだ。
寄白さんは何枚かの紙を広げていた。
きっと『保健だより』の予行演習だ。
「寄白さん。俺もようやく塩を手に入れたよ」
俺は寄白さんに社さんからもらった塩を見せた。
「六角神社の家の塩はお墨付きだからな」
「だよね」
急激に仲間感が溢れる。
これはあれか部活仲間で同じジャージ揃えたような一体感か?
「お守り代わりに制服の中にでもしまっておくんだな。ところでさだわらし。今日は特別に『保健だより』を先行公開してやる。さだわらし用のオリジナルパンフレットといってもいい」
は、はいっ!?
帰りのホームルームの手の動きはやっぱり『保健だより』だったか。
てか『保健だより』の新作もう完成してたのか? まあ、帰りのタクシーでも寝言でいうくらいだ。
あのときから新作案があったのかも? 最近の寄白さん山田召喚士かってくらい山田のために動いてるな。
山田基本対策法の提唱者になる日も近い。
まあ、もう、すこしで妖精が出てきそうだってことだからかもしれないけど。
ただこの『保健だより』だけは寄白さんの趣味が入っててなんとなく脇道に逸れていってるような……。
寄白さんのなかで『保健だより』のMVPが決まる日も近い。
「MVP?」
「えっ?」
しまった声がもれてた。
「そ、そうだよ。『保健だより』のMVP」
「さだわらしのくせに上手いこと言うな」
下僕なのに上手いことを言ってしまった。
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