第351話 追いバトン


 新作『保健だより』を驚愕しながら読みこんでいるといつの間にか時間が経過っていてエネミーひとりだけ息をきらせ戻ってきた。

 「動悸とあか切れがするアル」

 えっと動悸、息切れだよな……? 右の脇腹押さえてるんだし。

 校長室から体育館裏グラウンドここまで走ってきたからか?

 

 「エネミー大丈夫か?」

 「今日のお弁当は歯にこたえたアル」

 歯にこたえた? とは? えっ? おっ? えっ? ああー!!

 この俺ならわかってしまう。

 歯ごたえのことか? 

 すでに「六角第二高校にこう」で昼を食べてきたってことね。

 なら、そのあとこんな走ったら脇腹やられるわ。

 食後すぐに走ったときのあの脇腹レバー(?)の痛みはなんなんだ?

 だから文科省よ、五時間目のマラソンを禁止してくれ。

 ついでに六時間目のマラソンも。

 

 「繰のところでミアのプレミアムロールケーキ食べてきたアルよ」

 校長室で追加のおやつ食べてきたならなおさら横っ腹痛くなるだろ!!

 しかも”ミア”とかいうどこかの高級ブランド品。

 校長が仕事の合間に休憩で食べようとしてた高級スイーツか?

 「沙田、ここに怪物がいるアルよ」

 

 エネミーが指差してるのはやっぱり脇腹だった。

 「どういうこと?」

 「肝臓水怪物かいぞうすいかいぶつってのがここにいるアルよ」

 「酒飲みすぎの大人!! それいるんじゃなくて肝臓にダメージ受けそうな人が摂取いただくんだよ」

 「ふっ、沙田。やるなアル」

 「やっとわかったか? 能ある鷹は爪を隠すってことだ」

 「隠さないアルよ」

 「いやいや。隠すよ」

 それを否定されたら日本のことわざひとつ滅ぶし。

 「隠さないアル」

 エネミーもなかなか引き下がらないな。

 「じゃあ、どうするんだ?」

 「鷹の爪はスーパーに売ってるアル」

 はっ!?

 なんですと?

 「昨日、うち雛とスーパーYSにいったとき食品コーナーで見たアル。うちにはアリバイがあるアルよ。ガイヤーンのCMが店内で流れてたアル」

 ガイヤーン、あれはたしかに印象に残る。

 裏どりもしやすいはず。

 か、完璧なアリバイ、か、どうかはわからん。

 なぜなら店でずっとガイヤーンのCMが流れてたんなら何時に行ったって店にいた証明になる。それじゃあアリバイの幅がユルユルだ。

 ゆとり教育よりもゆとりがある。

 そもそもエネミーアリバイどうのこうのよりもなにいってんだかわかんねー。

 「えーと。それはどういうこと?」

 「鷹の爪って書いてあったアル。沙田知ってるアルか? 鷹の爪は赤いアルよ。きっと赤いと目立つから鷹の飼い主が売ったアルよ」

 スパイス!!

 「香辛料だろそれ!!」

 「ということは能あるを隠すアルか?」

 

 「え?」

 爪? 動く爪、それでいて鷹を持ち運べる爪って新しいアヤカシか? 俺はエネミーにも手玉にとられてる。

 「そういうことじゃねーし!!」

 「ふつうに能ある鷹は爪を売るアルか?」

 「そのことわざはどういう意味になるんだよ?」

 「手放した才能は後々のちのち誰かの役に立つっていう意味アルな」

 なんとなく真っ当な意味になった。

 本当にことわざにありそうだ。

 ただ、これ以上、エネミーのペースに巻き込まれても適わない。

 「そういやエネミー『中華ファンタジー・異世界サイバー・ガンマン』ってどうよ?」

 「あれはタイトルの方向性を見失いすぎアルな。でもさすがアニメトロンのアニメアルよ」

 アニメの話をすれば、軌道修正完了だ。

 「だよな。俺もそう思った」

 適格な意見だぞ、エネミー。

 「沙田、そこのグランドころころするアル」

 「なぜ?」

 「再現するアル」

 「なにを?」

 「『中華ファンタジー・異世界サイバー・ガンマン』の第一話のクライマックスアル」

 マジ? あ、あれをか? あ、あのシーンをこの場で再現するのかー!!

 再現してしまうのか!? このグラウンドであのジオラマ感だせるか!?

 いや俺らならできる。

  

 「あの打ち切りアニメの幻の第一話を俺らの手で蘇らせると?」

 「そうアル。なぜかスポンサーが降板したあの『中華ファンタジー・異世界ガンマン』を」

 「スポンサーはハリケーンのエスメラルダの被害を受けたって話だぞ」

 「そうアルか?」

 「ああ」

 なぜかやる気がでてくる。

 いや、たぎってくる。

 これは謎の打ち切りの敵討ちといってもいい。

 二話が観たかった、三話も観たかった、そのつぎも観たかった。

 一期が爆死したわけでもないのに円盤は絶望的だろう。

 権利問題発生か? そもそも最低でもワンクール観ないとアニメの良し悪しなんてわからねーんだよ。

 有名アニメ会社『アニメトロン』が断腸の思いで制作を中断した『中華ファンタジー・異世界ガンマン』。

 今、ここで再現しようではないか。

 「わかった。じゃあ俺が地面を転がっていくと俺の背後に銃弾が撃ち込まれる設定でいいんだよな?」

 「そうアル。銃弾はこれで再現するアル」

 

 リ、リレー用のバトン? どっからそんなもんを? あっ、さっきの三年カップルか。

 校長室からの帰り道、アニメを再現するのに応用できそうなグッズを持ってきたんだ。

 「沙田、早く寝転んで用意するアル」

 「わかった」

 とりあえずスマホをスクールバッグの上に一時避難させる。

 「ピッ!! トラベリングアル」

 俺に三歩以上歩くなと? なぜバスケのルールが適用されるんだ? しょうがないから足を大きく広げてスタートラインまで戻る。

 まさか、これがエネミーの演出方法なのか? これで俺の動きが制約され『中華ファンタジー・異世界サイバー・ガンマン』の主人公の追い込まれてる感を出すってことか? 

 「わかった。じゃあここから転がってくぞ」

 「わかったアル。よーいスタートアル」

  

 このままグラウンドを回転してけばいいんだよな? そしたらエネミーのバトンが俺の背後の土を叩き、銃で撃たれたような跡が残る。

 あの一話のラストの「つづく」のテロップが出る直前の引きののカットか。

 あのエモいシーン。

 なんという再現性の高さ。

 

 「よし、いくぞ」

 

 一回転め、ぶっ!! 

 ぐはっ!!

 げほっ!!

 いたっ!!

 ぐふっ!!

 「おい!! エネミー」

 俺は背中に残った最近流行りの持続可能サステナブル(?)な痛みとともにに起き上がる。

 「五回転したのにぜんぶ当たってるぞ!! 俺、主人公なのにぜんぶ撃たれんじゃん!? あれは主人公が一回転するたびに背後うしろすれすれに銃弾が撃ち込まれるからカッコいいんだよ。リズムだよ。リズム。五回転して五発撃たれんならその場所に居ればいいだろ。てか異世界ガンマン自分から撃たれにいってんじゃん? 異世界ガンマンってバカなの?」 

 「監督兼演出家のうちに口答えアルか? それとも歯ごたえアル?」

 俺、前にも寄白さんにこんなふうに怒られたな。

 「シシャ」がリンクしていく。

 しかも”口答え”が”歯ごたえ”のひとつ上の美味しさみたいに聞こえてしまった。

 「わ、わかった。もう一回いくぞ。そこは監督の意図を読めなかった俺のミスだ。じゃあテイクツー」

 「よーい。スタートアル」

 回転開始。

 ゴロゴロ転がってぜんぶの銃弾を避けるんだ。

 ぶっ!!

 ぐはっ、げほ!!

 いたっ!!

 ぐがっ!!

 「おい、エネミー!!」

 俺はまたそっこー起き上がった。

 持続可能サステナブル(?)な痛みはやっぱり持続的だった。

 「なにアルか? たしかに手ごたえも、歯ごたえ、噛みごたえもあったアル」

 噛みごたえが増えた。

 「おい。さっきの校長のとこのスイーツの食感まで混ざってるぞ!! だ・か・ら。ことごとく俺に当たってんだよ。しかも途中連射したよな? ダッ、ダーンって二発撃ったよな? ついでに手ごたえあったて言ったよな? 俺を撃った感触あるじゃん? 硝煙反応満載だろ。手に試薬つけたら絶対光るわ!!」

 「リズムにノっちゃったアルね。途中十六ビートアルな」

 「十六ビートなんて連打を入れたらふつうのゴロゴロじゃ避けられないだろ? 我を忘れた世界的ドラマーかよ」

 俺が能力者であってもここぞとばかりに当ててくるのはやっぱりエネミーも能力者だからか? どこが劣等能力者ダンパーだよ。

 これはエネミーのやつ戦闘型の能力者になるな。

 

 「エネミー。今の俺はアニメの主人公でそれも王宮に転生したガンマンなんだからな? 仮に今のが餅つきならぜんぶ人の手ついてるからな」

 「わかったアルよ。でも高速餅つきでぜんぶ手をつくなら立派なお手つきアルな」

 

 「上手いこといってんなよ。でもつぎいくぞ。もう追起訴ヤメレ」

 「うちを誰だと思ってるアルか? 沙田、準備はいいアルか?」

 「お、おう」

 「スタート!!」

 ばっ!!

 ぶっ!!

 ぐふ!!

 ごふっ!!

 せいっ!!

 「おい、エネミー……」

 今回の俺は起き上がらずにグラウンドに寝そべったまま放課後の空を見上げた。

 しっかし、昨日のゲリラ豪雨が嘘のように晴れてるなー。

 雲の中から水が落ちてくるならやっぱりバケツをひっくり返したようにザバーって水の塊で落ちてくるのがふつうだよな? なんで雨がポツポツ降ってくるんだろ? 

 まさか雲の中に如雨露じょうろのような網目がある?ってわけがないか。