第353話 アイシング


「熱っ!! 顔熱っ!! なにこれ!? 熱っ!! 顔、熱っ!! ぶはっ!!」

 げほっ、ついでにむせる。

 えっ? つ、冷た、逆に冷たっ!! 顔、冷たっ、げほ、ごほ、また、むせる。

 むせ冷たっ!! 熱っ冷たっつ!! げほっ、もう顔が熱いのか冷たいのかわからん。

 冷たいが熱いを超えてきた。

 いや、つ、冷てー!! 凍る、寒い、ぶはっ、む、むせる。

 目も染みる、目にきた、いや目にくる。

 収まっていたはずの【啓示する涙クリストファー・ラルム】が悪化したのか? 俺はちゃんと寝る前に目薬差してるぞ。 

 俺は飛び起きた。

 「こ、今度はなんだよ」

 

 よ、寄白さんんがコールドスプレー片手に俺の顔に吹いていた。

 戻ってきてたのか。

 

 「これはCaoシーエオーだな。消火完了」

 

 でたよ。

 また謎の化学式? なんだそれっ!?

  ――水兵リーベ僕の船、七曲りシップスクラークか――にない!!

 寄白さんは俺の顔の周りにある白い粉を指差していた。

 この粉のことか? やっぱり白い粉。

 これ、もうマトリいるじゃん、絶対。

 俺に白い粉の入った小袋を渡した社さん、ま、まさかオトリ捜査員だったのか?

 「美子。それ酸化カルシウムでしょ。ふつうに白線の生石灰せっかいっていえばいいのに」

 あっ、俺が消火されてるときに社さん校長室から戻ってたのか。

 寄白さん社さんを迎えにでもいってたのかも?

 

 てか、なんだよ、この粉ってやっぱふつうの石灰か。

 あっ、そっか昨日の雨粒の残りが芝生に残っててエネミーが俺の顔にそれをまぶしたから生石灰せっかいが水と反応して発熱したんだ。 

 謎はとけた。

 俺はいたって冷静を装う。

 生石灰せっかいくんもそんな水ごときでそうそう熱くなるなよな。

 「寄白さん。俺の顔コールドが必要いるほどは熱くはなかったけど、ね」

 俺はぜんぜんパニってない感をだす。

 「さだわらし、さっき嘘ついたな? バッハのときの傷は右脇腹じゃなくて腰だろ?」

 えっ、寄白さん? そ、そのことですか? それで俺がコールドの刑に処された?

 保健室で治療してもらったくせに嘘つくなってこと、か? 寄白さん、おこ? でも場所はじゃっかん違うけど痛みの場所は近い。

 今だって右脇腹から背中にかけて持続可能サステナブルに痛てーし。

 マージャンはよくわからんが麻雀牌マージャンぱい似の石が俺の脇腹にロンだかカンした感じ。

 「はい、もう、バッハのときになぜか廊下に置いてあった椅子にぶつけたところは余裕で完治してます」

 耐えてみせる。

 でも寄白さん、さっき俺がバッハでごまかしたときはまだここにいたんだ。

 「エネミー。こんなにグラウンド散らかして。かたずけてね? 沙田くんと一緒に」

 えっ、俺も? 社さん、お母さんか。

 エネミー完全に子ども。

 まあ、この散らかしに俺が関係してるのはいなめない。

 「雛。了解したアル」

 さすがにやりすぎだと思ったのかエネミーもかたづけをはじめる。

 寄白さんと社さんが見張るなか俺とエネミーはこのあたり一帯のかたづけをすることにした。

 でも、これってあの三年カップルが巻き起こしていったはずじゃ? なにはともあれふたたび、この体育館の裏に俺と寄白さんと社さんとエネミーが揃った。

 「雛、戻ってくるの案外早かったな?」

 「校長室にいったらミア先輩がいてね。繰さんとミア先輩が真面目な話してたっぽいから私は隙を見て先に出てきた。だから繰さんとあんまり話せてないの」

 「そういうことか」

 ミア先輩ってたしか「六角第一高校いちこう」の生徒でなにげにワンシーズンのメンバー。

 でも登校せずにイーラーニングで勉強してるんだっけ? あっ!? そ、そうなるとさっきのロミジュリカップルの同級生ということになる。

 とても同じ年齢には思えねー!!

 「六角第一高校いちこう」にもいろんな生徒がいるな。

 まあ、だからこそ学校って楽しいんだけど。

 ロミジュリカップルがあのまま帰るから俺とエネミーが道具の後片付けをする。

 俺は聞き耳を立てながら卓球のスコアの数字を拾って重ねていった。

 「9」「10」「11」「12」「13」「14」「15」「16」なんか俺の弱点みたいでイヤだな。

 今となってはこの『異世界ガンマン』で使ったバトンもなにやってたんだって感じだ。

 「エネミーなんてミア先輩が持ってきたお土産のロールケーキ食べちゃうし」

 おいおい。

 ミア・・のロールケーキってそういう意味かよ? どっかの有名店のロールケーキだと思うだろ? ふつう。

 てかエネミー、そのミア先輩と初対面だよな?

 「ミア先輩。エネミーと初対面なのに圧倒されてたわ」

 ほら、やっぱり。

 ただ、これがエネミー天性の距離の縮めかたなんだよな? 俺だって最初エネミーにいいようにやられたし。

 なんか隙だらけだからこっちの警戒心がなくなるんだよな。

 

 「じゃあミア先輩まだお姉とまだ話してるんだ?」

 「うん。美子。今日六角第一高校ここの四階の改修工事してるでしょ?」

 「やってるよ。私たちがモナリザで派手にやったからな。お姉も経費のことで悩んでたけど頼んだみたいだ」

 

 「やっぱりね。業者の人たちとすれ違ったから。六角第二高校にこうも工事してるし六角第四高校よんこうも解体工事。六角駅周辺もいつも工事やってるし。市の中心街や郊外もソーラーパネルの増設工事。六角市の建築関係の人たちにとっては景気のいい話ね」

 さっきの業者はやっぱりそうだったんだ。

 「六角駅の周囲は永遠に工事が終わらないって話だし。それにしても山田、遅いな?」

 「山田くん、まだこないと思うわ」

 「雛。なんでわかる?」

 「私が校長室を出たときも廊下をウロウロしてたもの」

 「まだあそこにいるのか? 私が職員室に学級日誌を持っていく途中でもまだあそこにいたぞ」

 「そういうことで彼まだこないわよ。そうそう、美子昨日。蛇かもしれないって思う人がいたけど私の考えと【Viper Cage】の項目を照らし合わせてみたら違ったみたいだった。だからアプリを立ち上げてまで書かなかったわ」

 「そっか。雛がそうしたんならそれでいいよ」

 空振りでもいいから蛇の可能性を消していくのは大事だよな。

 そうやって鈴木先生が蛇の線も消えたんだし。

 社さん、やっぱりいつもしっかりしてるな。

 うん。

 ぶ、ぶはっ!!

 い、意識が遠のく。

 頭にチーンって音が響いてきた。

 で、デコにまたなんか当たった。

 痛ってー。

 俺はなにかが飛んでいった芝生の先を確認する。

 あっ!?

 ま、またもや和同開珎。

 こ、これって社さん厭勝銭ようしょうせんだよな。

 「山田かれが近づいてきてるわね」

 社さん山田がくると和同開珎が飛んでくるようにセットしておいたのか? でも、なんで毎度毎度、俺のデコ狙って飛んでくるんだよ。

 何度も言うけど俺のデコは賽銭箱じゃねーんだよ!?

 

 ではっ、つ、つめたー。

 また、寄白さんがコールド吹いてやがるし。

 今日は俺の顔は冷たいやら、熱いやら、けむいやら。

 放課後たいしたことしてないのにすでにズタボロなんですけど。