ワンシーズン。
それが私の所属アイドルグループだ。
ワンシーズンの顔は四季という別名を持つアイちゃん、マイちゃん、ユウちゃん、ユアちゃんの四人。
彼女たちは春夏秋冬のようそれぞれがそれぞれに世間を魅了している。
ワンシーズンなかにいて絶対的なポジション。
日本中、誰だって彼女たちの名前を知っている。
ただ、彼女たちだってなんの努力もしないでそのポジションに立てたわけじゃない。
文字通り血の滲むような努力をしてきたんだ。
アイちゃんは小学生のころからアイドルになることを決めていて、そのころからすでに男子とふたりの写真やプリクラを絶対に撮らないということを徹底していたという。
バレンタインなんかのようなイベントにも絶対に参加しないし、誰が誰を好きだとかいう話にも混ざらない。
家にいても家族にも隙を見せない娘だったらしい。
番組のよくあるコーナーの両親からのタレコミを警戒したからだ。
アイちゃんは年中無休でアイドルだった。
他のメンバーとは心構えが違う。
アイドルにとってのスキャンダルが致命傷になることをずっと前から理解していた。
ファンのためだけに存在している本物のアイドルだ。
マイちゃんは芸能一家の家に生まれた。
でも、それが世間に出ることはマイナスだと知っていた。
今だってそのことは秘密にしたままでいる。
マイちゃん本人の力の成功であっても、その事実が公になれば世間は反応は当然、コネを疑う。
マイちゃんは出したくもない七つの光を放つことになる。
だからただひたすらに自分の芸能人で存在感を放つためのスキルを磨いてきた。
ユウちゃんは、小学生のころからすでにピアノとギターを習っていて、さらには
音楽の勉強をしていて音楽理論も学んでいる。
これはすごい武器になるだろう。
いずれ作詞作曲でソロデビューなんかもできると思う。
――ペンタトニックスケールなら、4度と7度を抜けばいいんだよ。
だからCメジャーのペンタトニックはドレミラね。
楽譜を見ただけでわけがわからない私にはユウちゃんがなにをいってるのかまったくわからなかった。
文字通り異次元の話だ。
振り込めを詐欺を止めたコンビニ店員さんのノンフィクションドキュメンタリーで流れた「ペンタゴン」を音楽プロデューサーと一緒にバラードにアレンジしたのもユウちゃんだった。
ユアちゃんは、とにかくダンスに特化した幼少期をおくってきた。
だから振り付けなんかも任されている。
これも他のメンバーにはないユアちゃんだけのスキルだ。
それでいながら明るい娘で、ユーモアのセンスまである。
バラエティ番組なんかで目立っているのもそういうことだ。
じっさい、このパターンがいちばん世間に顔を覚えてもらいやすい。
三百人以上もいる大所帯で世間に浸透したイメージを覆すのは容易じゃない。
私はいきなりつまづいた。
私は名もなき三百六十五の一日でしかない。
私がアイドルになりたかったのは人にチヤホヤされたいわけでもない。
生き別れの家族に会うためでもない。
貧しさ、それがこの世界に飛び込んだ理由だ。
こと日本においては貧困ではないのかもしれないけど。
お金を稼いで良い暮らしをしたかったわけでもない。
ただ、稼いだお金で家族で一般らしい生活をしてみたかった。
私はいつも団欒の軋む音を聞いていたから家族での外食に憧れがあった。
包丁で野菜を切る、お湯を沸かす、お肉を焼く、お皿に盛りつける。
それが価格に上乗せされることを父は許さなかった。
――家で作ればそんな金かからないだろう。
私のこの運のなさはどうにかならないのかな? 世の中で運が悪いということ口にするのはあまり良くないみたいだった。
――あなたは自分のことを運の良い人だと思いますか?
その問いに対して本心を答えることは望まれない。
本心を言うことは敬遠される。
――そんな言葉を口にするから運が悪くなんるだ。
――運が悪い人には近づきたくないよね。
――こっちまで不運が感染る。
そんなことを言える人たちはきっと運の良い人たちなんだろう。
幸運とはいかないまでもツイている人たちだ。
生まれながらになにかを持っている人たち。
いや、最近では「なにか」なんて枕詞は必要ない「持っている人」だけで通じる。
とくに国内や海外で大成しているスポーツ選手なんかに使われる言葉だ。
自分が「運が良い人」か「悪い人」かなんて物心をついたと同時に完成た心じゃないかなって思う。
その年代に良いことがたくさんあれば自分は「運の良い人間」であるという心が形成される。
その年頃に不運が続けば自分は「不運な人間」だと擦りこまれる。
三つ子の魂百まで、だ。
完成してしまった心に金魚鉢のように大きな水晶も、片方の腕をグーに握った陶器の猫も、大天使のカードも役に立たない。
アイドルになれたこと自体が運がいい、という考えもあるけど……。
ただアイドルになってみてわかったことがある。
アイドルとは一生で使える運を高速消費していくことだ。
誰かの憧憬は、中傷や嫉妬という代償を払わされる。
SNSの数字は視覚化された個人の値段に思えた。
桁が足りない私みたいな娘はひどくダメージを受ける。
同じグループにいてあまり接点はないけどアスちゃんも本当に苦しそうだった
結局、活動休止してしまったけれど。
啓清芒寒に選ばれなかったメンバーはやっぱり自己否定してしまう。
それでさらに病んだ娘も多い。
一度でいいから最前列に出てみたい。
きっと叶わない夢。
でも今日、校長室で逢ったあの金髪の娘、かわいかったな。
誰にでも態度を変えず、同じ距離感で接して、それでいて守ってあげたくなるような雰囲気、そこに愛嬌まであって。
あんなに美味しそうにロールケーキを食べる娘、初めて見た。
高校生の特有の恥じらいみたいなのもなく頬いっぱいにケーキを頬張る。
それのもうひとりの美人さん……あの娘……七不思議製作委員会の委員長……九久津くん。
――九久津くんの好きな人って誰?
あの日の私はどうかしていた。
我慢できなかった。
ああ、もう時間。
いかないとね。
今、私の目の前でいくつもの黒い手の跡が手招きしている。
咲かない夢は夢ごと裂くしかない。
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