第359話 土用(どよう)


俺は社さんにもらった守塩しおを握りしめ本日きょうの残り一日の無事を願いながら寄白さんに連れられるまま六角市の郊外に移動してきた。

 数十センチ先にある電柱のプレートでじぶんが今どこにいるのかを確認する。

 【六角市北町】

 へーここって北町なのか。

 でも、番地からいくと西町寄りの北町だ。

 亜空間を使ってここにきたってことなんだからこれはもう完全にアヤカシ関連だろう。

 すでにここ一帯が亜空間で覆われている。

 俺がこの場所で最初に見たのは「六角第一高校いちこう」の制服を着た女子生徒が高層階たかい建物から飛び降りてくるところだった。

 そして九久津が召喚したアヤカシがその娘を受け止めるところでもあった。

 よかった~。

 あの娘、大丈夫そうだ。

 だが、なぜ九久津がここに?って、まあ、あのふたりだから前もって連絡とりあってたんだろうけど。

 それでいながら寄白さんは俺をここに連れてきてくれた。

 これでまた経験値アップ。

 あっ!?

 俺とエネミーがグラウンドで『異世界・ガンマン』したあとに俺が現場検証されてたとき寄白さん一時姿を消してたな。

 俺はあのときてっきり『保健だより』の大型アップデートでもしにいったと思ってたのに。

 あのわずかな隙間時間を有効活用してたのか。

 山田のことで精一杯なのかと思いきやこっちにも気を配ってたってことね。

  ――世の中はザコも小ボスも中ボスもラスボスも裏ボスも同時に動いてるんだ。山田がクッキー缶を隠してるときだっていろいろなものが動いてるんだ

 まさに、あの言葉どおりだった。

 夕暮れになにか起こることがわかってるならそりゃ前もって準備するよな。

 社さんも蛇のことをつねに気にしていた蛇候補がいたら【Viper Cage】でスクリーニングしてるんだし。

 やっぱりアンテナの張りかた違いすぎる。

 俺もそうなれるように頑張らないと。

 

 おっ、えー!!

 寄白さんは右耳の十字架のイヤリングを手にビルとビルのあいだを交互に蹴って下りてきた。

 完全に能力者の動き。

 そしてちょっとスカートがヒラっとして未確認のなにかが見えた。

 こ、これはあとで怒られる。

 だからドバイの世界一高いビルの貯水槽の中心の柱になって許してもらおう。

 

 ――ちっ。

 しかも舌打ちしてますけど……。

 やべー。

 「美亜先輩」

 寄白さんは自分の能力を隠そうとせずに、その人に声をかけた。

 九久津の腕のなかにいるその人が寄白さんの声に反応した。

 社さんなみの美人。

 寄白さんが呼んだ名前からすると……この人がワンシーズンの「ミア」。

 ミア、いやここは寄白さんと九久津に合わせて「美亜先輩」と呼ぼう。

 俺の一学年の上なんだし。

 「六角第一高校いちこう」の生徒でありながら現役アイドル。 

 国立六角病院びょういんで見かけた「アス」って娘、以来、リアルでワンシーズンのメンバーに会った。

 マジで「六角第一高校がっこう」にアイドルが通ってたんだ。

 っていってもe-ラーニングでほぼ通学てないんだけど。

 今日、美亜先輩校長室にきてたんだよな? それがこのわずかなあいだにいったいなにが?

 「校長先生の妹さんも? そこのきみは誰?」

 俺は美亜先輩に突然、話しかけられてちょっと混乱パニった。

 「えっ、俺は、いや僕は六角第一高校いちこうの二年B組に転入してきた沙田雅さだただしといいます。寄白さんと九久津のクラスメイトです」

 「ふ~ん。……そっか。なんとなく納得。どうりでねー。そりゃあ九久津くんはアイドルになんて興味ないよね~。きみたちって何者なの?」

 「まあ、こういうことを専門にやってる者です」

 九久津は隠す素振りもなく答えた。

 いいのか?

 「よくわからないけど。六角市のシシャとかに関係あるの?」

 美亜先輩が九久津を見上げた。

 「私がそのシシャです」

 えー!? 寄白さんもそれ隠さずにバラすんだ?

 「うそー!? シシャって本当にいたんだ?」

 そう六角市に住んでいても市民はシシャの存在なんて半信半疑だ。

 美亜先輩のこの反応は正しいと思う。

 「でも美子ちゃんはシシャの条件と合ってるね。でも六角市にひとりしかいないシシャがまさかこんな近くにいるなんて」

 美亜先輩を首を傾げている。

 「美亜先輩。忌具の影響があったのはたしかだけどもう死ぬなんてやめてね?」

 寄白さんが校長に見えた。

 「死にたいわけじゃなっかったの。たぶん生きていたくないって思った、の、かな」

  それって心の防御本能みたいなものか?

 「美亜先輩と同じこといってた川相憐ひとがいる。でも、それにつづく接続詞は無数にあるはずだよ」

 「アイドルには一列目とか二列目とかって序列じゅんばんがあるの。それはメディアへの露出のチャンス。その列にさえ並べないメンバーもたくさんいるのよ。私はペンタゴンの選抜も選ばれず控え。後ろの列が変わったって誰も気づかないのに私はその列にさえいない。ずっと控えなの。私の名前なんて誰も知らない。誰も覚えてない。啓清芒寒けいせいぼうかんのユニットにも選ばれなかった。これ以上誰にも必要とされないのは辛いのよ」

 「美亜先輩はメインになれなきゃアイドルじゃないっていうの?」

 「……最初はね。家計いえのためにアイドルなったんだけど。だんだん私を知ってもらいたいって思いが強くなってさ。欲なんてだすとダメなのかな? でもこれが向上心ってことだと思うの。ただ私には運がない」

 「美亜先輩は運の確率を使って責任転嫁したいだけ。本当は誰のせいでもないこと知ってるはずでしょ?」

 「美子ちゃんあなたには理解わからないわよ。私はいちばん私のことを知ってるの。誰も私を知らない」

 たしかに俺も最初は六角市にいても存在知らなかったし。

 やっぱりメディアへの露出っての大事だよな。

 「そう。でも私はその死を求める者よりも遺された者の悲鳴くのうを被ってしまう体質なんでね? 美亜先輩はアイドルとしての露出が増えて最前列になれば幸せになれるの?」

 「それが私の幸せの形」

 「美亜先輩。アイドルになれただけでもすごい確率なんじゃないの? なれだけですごい運が良いってことでしょ? 先輩が居ないと死んじゃうってくらいのファンはいないの?」 

 「えっ、私のファン?」

 「きっと居るよ。だってワンシーズンのミアで検索したら美亜先輩のファンがたくさんいたから。美亜先輩は助ける側になればいい。手足が折れて倒れてたって腹を裂いて内臓をとられるような世界だ。死にたくなるような世の中で美亜先輩が死にたくならないようなメッセージを届けれてあげれば? 芸能人ってそういうことができんるだからさ」

 ――美亜先輩。

 寄白さんとバトンタッチするように九久津が呼びかけた。

 「俺もさっきすこし調べましたよ。ワンシーズンって四季いうメンバーが人気なんですよね? あの日・・・俺に・・訊いた・・・四人・・のメンバーです。日本には土用っていう五つめの季節があるの知ってますか?」

 俺がカラオケ店でリッパロロジストってなんなんだ?って悩んでるときに九久津がいってたな。

 

 「”どよう”って土用の丑の日の土用のこと?」

 「そうです」

 「あれって季節なの? ……日本にそんな季節があったんだ。でも、なんだか日本らしいけど」

 美亜先輩はに光をとり戻したようだった。

 アスって娘も季節しきを巡って苦しんでた。

 土用か、新しい季節が来る、いやるってだけで希望かも。

 「立春、立夏、立秋、立冬の直前約十八日間が土用。すべて春、夏、秋、冬の前にくる季節です」

 「九久津くんそれってもしかしてアイちゃん、マイちゃん、ユウちゃん、ユアちゃんのに出られるようにって意味?」

 「まあ、その解釈は美亜先輩自身で考えてください」

 {{混成召喚}}≒{{枕返し}}+{{夢魔}}+{{獏}}

 九久津は美亜先輩が気づかないくらい一瞬でアヤカシを召喚した。