第360話 下級アヤカシ 朧車(おぼろぐるま)


あっ、美亜先輩の目がとろんとしてきた。

 九久津が混合で三体のアヤカシを召喚したの初めて見た。

 何体まで召喚できるんだ? 例のごとく巨大なおむつをした赤ちゃんが枕をコロコロしてる。

 だから美亜先輩にぜんぶ話してもよかったのか? ただ今回は赤ちゃんがコロコロしてる枕の表と裏に絵柄があって見た感じ「悪魔」のようだった。

 ガーゴイル的な羽に耳が尖んがっていて目も吊り上がっている典型的な悪魔の見た目、そして牙。

 でも九久津が召喚したのは悪魔じゃない九久津が召喚したのは「夢魔」であって、種族的には悪魔じゃない。

 前に校長に教えられたとおり「夢魔」は「魔属性のアヤカシ」

 九久津が悪魔を召喚するとそれは魔契約になってしまうからそんなことはしない。

 れっきとしたアヤカシの「夢魔」を召喚したんだ。

 美亜先輩も希望を持って寝るのと、絶望のまま眠るなら希望を持ったままのほうが良い夢を見られるだろう。

 てか、もう、眠ってるな。

 美亜先輩は完全に眠ったみたいで全体重を九久津の腕に預けていた。

 赤ちゃんが――キャッキャッ。言いながら無造作に枕をぽんぽん叩くと、そこから象の鼻みたいなのが伸びてきて美亜先輩の額から黒い気体を吸い取っていった。

 「部外者の俺じゃ美亜先輩の悪夢がなんなのか判定できないから夢魔と獏を併せた」

 寄白さんが――おっ。と驚いている。

 「それって美亜先輩の悩みを夢魔にマーキングさせたうえで美亜先輩の苦悩を分離させて夢魔ごと獏で吸ったってことだよな?」

 「そういうこと」

 おお、なんかスゲー。

 リトマス紙みたいだ。

 人の苦悩や悪夢なら「悪夢」と親和性が高いから、「夢魔」を目印に獏がそれをいっきに吸いとったんだ。

 

 「これで美亜先輩のマイナス思考の大部分は消えるはず。なによりここでの出来事はすべては夢の中の話になる。もし美亜先輩が土用・・にすこしでも希望を抱いたならその話は頭のなかに残るだろうね」

 九久津が寄白さんにいいながら、美亜先輩をまた一反もめんの背中に乗せた、と、同時に三体が合わさったアヤカシの召喚が解除されて消えた。

 「ならよし!! 私は屋上でスーサイド絵画捕まえてきた。ほんとなら美亜先輩が飛び降りる前に先輩の体ごと引き止めたかったんだけど一足遅かったな」

 マジっすか? スーサイド絵画捕まえてビルの上から降りてきたのか? 寄白さんは忌具格納専用の十字架イヤリングを手にかざした。

 一足遅かったっていったけど下に九久津がいたんだからそれはセーフだろ。

 というか九久津がいるから任せたってのが正解かな。

 「二枚目のスーサイド絵画。これでスーサイド絵画のレプリカ確定だね?」

 九久津、なぜ、レプリカだと断言できる?

 「ああ、そのとおり」

 九久津がいうと一反もめんがじょじょに浮いていった。

 「美子ちゃんもしかしてイヤリングに忌具を格納したことで他の忌具の出現予測できるようになったんじゃないの? あるいは行動予測とか? どう?」 

 ええー!!

 そっかだから寄白さん今日、四階に異変がないけど夕暮れ間近は要注意っていってたのか。

 く、九久津鋭すぎる、てか九久津はそういうやつだった。

 ハンパないの能力者だな。

 それでいながら顔色ひとつ変えず飄々としてやがる。

 「でも、まだ精度が低い」

 やっぱり九久津の予想当たってるし。

 「ただ同種の動きくらいはなんとなく読めそうだ」

 寄白さんも寄白さんでいつもまにかレベルアップしてるし。

 俺、また置いてかれるじゃん。

 十字架のイヤリングにあの藁人形の腕と川相さんのときのスーサイド絵画を収納しておくことでそれができるようになったのか? だから自分のスキルアップのためにしばらくのあいだ当局に報告しないことにしたのか。

 転んでもただじゃ起きず自分の戦力に変える、さすがだな。

 あっ、俺ツヴァイでだけどスーサイド絵画を真裏から手掴みして社さんに注意されたんだった。

 だから今回の作戦は俺に非公開だったかも……。

 

 「美子ちゃんは今回のスーサイド絵画がレプリカだといつから気づいてたの?」

 「自殺に誘う選択肢が一種類ひとつだと気付いたときから。ターゲットを高所から飛び降りさせるだけしか能がない」

 「なるほどね。本物のスーサイド絵画ならもっと複雑な選択肢で自殺させる、と?」

 「そういうこと」

 「完璧な読みだね。さあ、そろそろ美亜先輩を繰さんのところに送らないとね」

 「たのむ」

 {{朧車おぼろぐるま}}

 九久津が新たなアヤカシを召喚したと同時に美亜先輩を乗せた一反もめんが下降がってきた。

 ボサボサの髪に老け顔、その後頭部に籠と左右に木製の車輪がついたアヤカシが車輪をゴロゴロの鳴らしてやってきた。

 目が大きくて目力がスゲーよ。

 しかも下の犬歯が牙になってるし。

 そもそも体がばかデカい。

 小型バスくらいはありそうだ。

 

 あれ!? 

 俺、このアヤカシに似た・・アヤカシにどこかで会ったことある気が? いや、見たことある? もっと車輪の数・・・・が多かったような……。

 十年前……いや、またこれ九久津の兄貴の記憶かも? 召喚憑依能力者ならアヤカシの種類をたくさん知ってるだろうし。

 九久津が召喚できるなら、当然九久津の兄貴もこのアヤカシを召喚できる。

 けど、ほんとここ最近、九久津の兄貴とシンクロがない。

 只野先生の目薬の力は絶大だ。

 でもこれが九久津の兄貴と関係ないなら、これって本当に俺の記憶。

 いつだ……。

 なんか思い出せそうな気が、えっと、もっと子どものころ。

 俺の特異体質……。

 ――園児のときにドッペルゲンガーと目が合って感じた寒気と同じ。

 小学生のとき交差点で車が突然消滅したときにも感じた。

 あれは異次元に消えたんだろう。

 中学生のとき空に光る謎の物体を発見したときにも感じた。

 あれは完全にUFOだった。

 しかも地球侵略型のエイリアンが操縦していたに違いない。

 幼いころ水陸両用の翼竜を見たときも、等々……例を挙げればキリがない――

 

 そうだ!!

 ――小学生のとき交差点で車が突然消滅したときにも感じた。

 あれは異次元に消えたんだろう――

 これだ!!

 あのとき……。

 でも、この話は九久津の家にいったときに【デイメンション・シージャー】の説明で。

 

 《小学生のとき交差点で車が突然消滅したときにも感じた。あれは異次元に消えたんだろう。》ってのが戦闘の前兆現象だったってことは、あのときも亜空間を使える誰か、つまりどこかの能力者がアヤカシと戦ってたのかもしれない。

 それを俺が偶然目撃したってことになる。――ってことで決着がついたんだよな。

 もういちどあのときの九久津の会話を思いだす。

 ――九久津。その亜空間に入る瞬間って誰でもわかるもんなの?

 ――いや。一般人だとふつうの景色と一体化していて気づかないはず

 ――そうなの? 俺さ子どものころに交差点で車が突然消えたの見たんだよ?

 ――それはもしかして十字路の交差点?

 ――う~んと。あっ、そ、そうだ!! あのときも“右を見て左を見て、もう一度右を見て渡る”を実践してたから

――ってことは沙田が右か左を見てるときに十字路で亜空間が開かれ直進車が左折か右折したんだろう。つまり亜空間がパーテーションになって沙田の視界から車体を遮ったんだ、と、思う

――と、とりあえず、俺が亜空間を見てるあいだに車が曲がっていったってことだよな?

――ああ。おそらくだけど。沙田はそのころから能力者の感受性があったから景色の歪みに気づけたんだろうな

 これから考えられること、それはあのとき空間掌握者が亜空間を開き、この「朧車」と戦っていた。

 あるいは戦闘の前段階? 

 十字路の交差点と車、それに「朧車」も「車」か。

 なんか関係はありそうだ。

 となると近衛さんがいっていた空間掌握者、【ディメンション・シージャー】の一条さんがこのことを知ってるんだろう。

 「美亜先輩を朧車これに乗せてあとは繰さんにバトンタッチでしょ?」

 「そのとおり。あとは校長であるお姉に任せる。それに細かな連絡係は雛に頼んでおいた」

 「どういうこと?」

 「六角市の市立高校の生徒が巻き込まれたんだから教育委員会にも報告は必要かなと思って」

 「そこまで先読みしてたんだ」

 「まあな」

 な、なんてことだ。

 俺なんてエネミーと『異世界・ガンマン』と現場検証しかしてねー。

 いや、現場検証しかされてねー。

 「おい、さだわらし?」

 「ん? なに?」

 「スーサイド絵画の真裏からならすぐに捕獲できた。それは前回あんたがそうやてこいつを捕まえたからだ」

 おっ、褒められた!!

 「沙田もだんだんレベルアップしてきたな」

 九久津にも褒められた!!

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