G7アヤカシ対策オンラインサミット。
「日本はこのたびのハリケーンアンドロメダによる被害に対して見舞金の拠出を閣議決定いたしました」
鷹司は目の前に展開されている八つの画面の中央にいる人物に弔意を示した。
アメリカ大統領の代理で出席している白髪で高齢の副大統領のイヤモニが鷹司の言葉を翻訳して伝える。
――コウキありがとう。大統領にも伝えおくよ。
鷹司の耳にも日本語に翻訳されたアメリカ副大統領の声が届く。
七つの画面はアメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダ、EUの首脳が顔を揃えている。
鷹司が見据えたもうひとつのモニターはオフラインだが画面の真ん中に大きな正円があり、その周囲を百八の小さな円で囲んだロゴがある。
G7の会議は日本、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、カナダ、EUのほかにもうひとつの組織『円卓の108人』が顔をのぞかせることがあった。
今回は不参加だが稀に『円卓の108人』が世界の流れに口を挟む。
「大統領は被害把握のために現地視察でしたね?」
――ああ、アメリカのハリケーンも年々大型化していて被害が深刻化してるよ。それが様々な企業にも影響を与える。コウキ。チカミズ総理はまだ退院できないのかい?
「ええ、もうしばらく」
(総理の安否は国防情報。いかにG7であってもおいそれと口外はできない)
――そうかい。お大事にと言っておいてくれたまえ。コウキそろそろ本題だ。もうそろそろ重層累進・悲嘆に単語統一してはどうだ? 負力の年代を示す指標は重層累進・悲嘆のほうがわかりやすいじゃないか? ゼロから二千のなかでどの西暦の負力が悪質なのか表せばいいんだから。
「単刀直入に返答はノーです。日本には大化からはじまる元号というものがあります。西暦に対する和の暦、和暦です。たしかに日本独自の単位ではなく国際社会に批准しなければとは思いますが、温度でも摂氏と華氏など国によってまちまち。長さの単位もさまざま」
(アメリカはいまだにメートル法を使っていない)
鷹司の声が七枚の画面相手に強まった。
「和暦は歴史であり、国の誇り。アイデンティティといってもいい。元号は西暦じゃ分けられない文化なんです。歴史が遺してきた罪を一括りに重層累進・悲嘆と呼ぶことはできない。我が国では重層累進・悲嘆の正式な呼称はREKISHI・NO・THUMI」
――また平行線だ。
イギリス首相の皮肉がきこえてきた。
(西洋は英語圏、日本語じゃ分が悪いのは百も承知)
――妖精が大量発生した国もある。
――各国ともにアヤカシの母数が増てきてるな。
――それは世界中の負力の総量が跳ね上がっているという証拠だろ。
――魔獣型の妖精の大量発生はうちの国でもあったよ。
――国内の負力をCO2と同時に監視しなきゃいけないなんてどれだけ国家予算があっても足りないよ。ましてや負力の計測をしてるなんて国民の大部分は知らないんだから。
鷹司の決意が固いとみるやいなや各国の首脳陣は好き勝手に話をはじめた。
※
実のある話がないまま一時間弱の会議を終えた鷹司は机の上に「負力」に関する資料を広げていた。
座敷童も机の横でその様子をうかがいながらときおり自分の頭を撫でる仕草をしている。
「ジーランディアからの負力にも蓋をしないと」
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【思念】
人間にプラスの思考とマイナスの思考があるように、思念にも「正」と「負」が存在する。
ここでいう思念とは思考が体外を漂う微生物雲に近い。
つまり負の力と正の力である。
主に生物から放出される負の力を負力と呼び、正の力は希力と呼ばれている。
瘴気も負力の一種である。
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(現代を生きる人の負力は相当だろう、な)
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明治初期 編纂 アヤカシの起源
(改稿済み 最新版)
一、アヤカシとは人を中心とした生物が放つ「負」の力=「負力」を元に誕生する。
上記による生物とは微生物、植物なども含まれる。
(すなわち全生命体である)
二、「負」の力とは主に動的な「憤り」や「殺意」「憎悪」「怨恨」、
静的な「憐憫」「悲哀」「執着」などに二分される。
三、アヤカシの躯体について。
人のイメージが躯体を創造する。
たとえば『ぬらりひょん』
<老人><頭が大きい><知的>などのキーワードをもとに、大まかな鋳型が創造される。
(鋳型とは人が描くイメージが形を成したものである)
この段階ではまだ、ぬらりひょんという概念にすぎずそこに負力が入って初めてアヤカシぬらりひょんとして誕生する。
すなわちイメージが先行して本体が出現するということである。
よって人間同様、ぬらりひょんという種の中に外見が完全一致するものは存在しない。
つまり、ぬらりひょんでも目の大きさも違えば、鼻の形も違うということになる。
(例、江戸時代と現代を比較した場合、身体的特徴からぬらりひょんと判別はできるが骨格などに明らかな違いがみられる等)
例外として、一卵性双生児(双子)のように完全一致に近い容姿のアヤカシは存在する。
また二卵性双生児のように、まったく別外見の同一種も存在する。
原則的に上級アヤカシで知名度の高い個体が同時代の同時期の同空間に存在できるのは一体のみである。
これはそのひとつの個体へ独占的に負力が流れるためであり、よそでは鋳型が形成されないからである。
アヤカシの内面はどの負力要素がどんな割合で構成されるかによって異なる。
動的な負力が多いほど獰猛で狂暴、等。
静的な負力が多いほど温厚、冷静、狡猾、等。
負力の比率によっては両性質を併せ持つアヤカシもいる。
なお静的な負力は人の性格のように様々。
一見、対局に位置する温厚と狡猾も静的な「負」として扱われる。
抑えきれないような爆発的な感情が「動」、内に秘めるような感情が「静」となる。
動的な負力によって体現したアヤカシは思考が欠落した状態が多い。
鋳型によっても、相性の良い「負」の構成要素がある。
例、牛鬼などは鋳型ができあがった時点で、すぐに「動的な負」を蓄積する。
例、学校七不思議に代表される<誰もいないのに鳴るピアノ>は鋳型自体が校内に存在しているために必然的に「静的な負」を引き寄せる。
四、想像力と創造力の相乗効果。
例として日本ではコックリさん(キツネ憑き)。
その正体は狐・狗・狸を当て字にした動物霊だという説や、ただ単に瓶のふたの動く音が――コックリ。コックリ。と聞こえたからという説などがある。
海外に目をむけると欧米の悪魔憑きがある。
このことからも上記の現象はそれぞれの文化と対象者の生活圏に密接な関係がありやはり概念=人の思念がもたらす結果だといえる。
昨今の海外事例ではスレンダーマンが顕著である。
スレンダーマンについては、作者が創作した事実を認めたにもかかわらず体躯を得て体現してしまった例だ。
強力なミームは近い将来、絶大な脅威になりえるだろう。
五、アヤカシの上級・中級・下級のランク分け。
上級・中級・下級のランクづけは負力の内容量で区別される。
※1ある一定の値に対し低級アヤカシ、中級アヤカシ、上級アヤカシ、排他的アヤカシとして分類される。
排他的アヤカシとは他のアヤカシを排除するという意味ではなく低級、中級、上級に含まれない便宜上の区分である。
よって排他的アヤカシの中でも上級の強さを持つ者や、下級ていどの力しか持たぬ者もいる。
特別種のアヤカシが該当する死者は排他的アヤカシである。
なお死者をランクで分類するなら下級である。
【追加分】下記を追加訂正する。
日本で初めて死者のブラックアウトが確認された。
現在も検証中ではあるが簡易検証でも分類区分は上級アヤカシ相当とみられる。
※1一定の値とは負力とネームバリュー等を数値化したものである。
上級アヤカシとは、ある一定以上の負力を内包することである。
たとえば十が低級、百が中級とするなら、千以上は上級となる、ゆえに一万も百万も上級に分類される。
このことから上級に分類されるアヤカシであっても、天と地ほどの差が生じる場合がある。
※ただし悪魔にかぎりゴエティア・ソロモン七十二柱の階級が存在するため、まったく別の生態系とする提案がなされている。
なぜなら悪魔は負力の多寡よりも、イメージが具現した時点ですでに災いをもたらす存在だからである。
いうなれば悪魔はイメージの時点で災厄の象徴だからだ。
万国共通認識として悪魔は絶対的な悪である。
六、ホワイトアップとブラックアウト。
ホワイトアップはアヤカシの躁状態で主に陽気になる。
ブラックアウトはアヤカシの鬱状態で獰猛になり他者に危害を加える。
明らかなエビデンスは示されてはいないがホワイトアップ状態とブラックアウト状態のアヤカシの数はつねに等しいとされている。
ゆえにホワイトアップ状態が多数派の場合、ブラックアウト状態のアヤカシが増えバランスを保とうする。
逆もまた然りである。
必然的にどちらかの総数が増加すれば反対の総数も増えることとなる。
この現象について、一説にはブラックホールとホワイトホールの干渉によるものという迷信的な話があり、有史以来、一度もその現象が確認されないグレイグーと呼ばれるカタストロフィーを引き起こす可能性が示唆されている。
グレイグーは本来の意味であるナノテクノロジーの暴走ではなく、アヤカシのホワイトアップとブラックアウトが対安定し相転移説すると提唱する少数派意見もある。
ブラックアウトした場合は即座に退治する。
ホワイトアップの場合は要観察、どんな影響でホワイトアップしたかの原因究明が必要。
ただしホワイトアップはなんの因果関係もなく陽気になるアヤカシが存在するため判断は容易ではない。
以上、上記の内容に変更・追加を申し出たい場合は担当機関に変更点、追加点を記入し改訂申請書を提出すること。
専門家との議論のうえ意見反映の可否を検討する。
以上
【機密区分C】
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鷹司は――明治。といいながらこの書類の「明治」という部分の文字を指でなぞった。
(あのとき坂本龍馬が日本を洗濯していたら今頃はどうなっていただろうな? 明治維新を目前にあんな結果に……。いつの時代にも国の乱れを正そうとする者が現れては志半ばで力尽きていく……。歴史の罪、この座敷童だってその被虐対象として生まれたアヤカシ)
鷹司が座敷童に目をやったと同時に――コンコン。と部屋がノックされた。
「はい。どうぞ」