第365話 侵攻


 秘書官は官房長官室のドアが開けるや否や滑りこむように部屋に入ってきた。

 不思議と座敷童の姿は消えている。

 鷹司は机の上にコトンと砂時計を置いた。

 「官房長官。六角市の守護山南部のアヤカシ保護区域が襲撃されたもようです」

 「なに!? 詳しく状況を説明しろ」

 鷹揚な鷹司もさすがに声を上げた。

 「具多的な状況はまだですが。グシャグシャになった唐傘お化けが数体とバラバラになった熊の死体があったそうです。熊にいたっては何匹いたのかわからないほどに肉片が飛散していて火器などを使わずにそんなことができるのは能力者くらいだろうとのこと」

 「すぐ近衛に連絡しろ。あいつは六角市の地下にいるはずだ」

 「恐れ多いのですが、この報告を受けたのが官房長官がG7の会議中でしたの、で」

 

 秘書官は言い淀む。

 「で?」

 「六角市と双生市にまたがるレッドリストの保護区域は国が官房機密費を使って買いあげています。領空権も国にあります。したがいまして防衛という観点から防衛省が動いています。防衛大臣から統合幕僚長に状況が伝達され自衛隊の解析部が六角市の現地調査へ向かっています」

 「よくカバーした。この件の指揮権は防衛大臣に一任するように伝えておいてくれ。それと手が空いていたら近衛もサポートに回れと、いや今回は国交省抜きでやるか。近衛あいつは地下から六角市の不可侵領域に迫ってるんだったな」

 「はい」

 「よし。防衛省単独でいこう。保護区域周辺の負力値ミアズマレベルは?」

 「簡易測定ですが負力値ミアズマレベルの上昇はそれほどみられないそうです」

 「まだ生き残りの唐傘お化けがいるということか」

 「そこはなんとも……」

 鷹司は【アヤカシの起源】の下のある用紙を引っ張ってきた。

 「きみが私にくれたものだ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

【アヤカシ 最新レッドリスト】

・確認済み 残存個体数 唐傘お化け 5体

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ひとつのアヤカシが絶滅するさいに莫大な負力が発生はずだ」

 (魔獣医の子子子こねしたけるが六角市に着任するならなんとしても唐傘お化けの救助を)

 「そうです」

 「発見されたのが数体で負力値ミアズマレベルにそれほどの変化ないのなら、まだ唐傘お化けが生き残りがいるということだ。自衛隊には医師の資格を有する陸・海・空自衛隊の医官いかんがいる。医官のなかの魔障専門医と魔獣医がいれば現地に帯同させてほしい。唐傘お化けの生き残りがいれば負力の発生を止められる」

 「伝えておきます」

 「今日のG7の会議はちょうど歴史の罪がテーマだった。どうも世界は重層累進クロニクル悲嘆グリーフに統一したいらしい。これ以上歴史の罪を増やすことは国にとっても損失は大きい」

 「はい」

 「他にも関係各所に連絡。国内の他の保護区域の見回りと警備の強化も」

 「かしこまりました」

 「それと」

 「はい、なんでしょうか?」

 「……内閣情報調査室にも一報を。くれぐれも角を立てないようにな」

 「かしこまりました。影宮前総理……」

 「ん?」

 「いいえ。すみません。余計なことをいいました」

 「影宮前総理も責任を持ってやっていた。本来、責任とはなすりつけられるほど軽くはないんだよ。簡単に自分から移動なんてしない」

 「おっしゃるとおりです」

 「それが”責任を背負う”ということだ」

 (九久津堂流も災難だが)