第368話 防衛省 アヤカシ対策班 解析部


 鷹司は天井を向き目をつむりながら左手の親指と人差し指で両目の目頭を揉んでいる。 

 ふと視線を外し隣にある部屋を一瞥するとその部屋からは微かな物音がしていた。

 鷹司は二度ほどまばたきをしてから子子子こねしに目をやる。

 子子子こねしはいまだに資料を凝視していた。

 ややあって子子子こねしは捲られていたページをささっと戻していく。

 「この唐傘お化けは骨が生地を突き破っている。人間の開放骨折かいほうこっせつと同じことだ。脱力したまま飛び出した舌は”下ろくろ”に受けた外傷によるものだろう。生存の可能性を探るほうが難しいか……五体とも同等の損傷を受けてるな」

 コンコンとふたたび部屋のドアがノックされた。

 ――度々、すみません。追加の資料をお持ちしました。

 申し訳なさそうな秘書官の声がした。

 「ああ、入ってきてくれ」

 ――失礼します。

 秘書官が入室すると鷹司よりも先に子子子こねしの目に入るように資料を差し出した。

 自然と子子子こねしの目にそれが映る。

 「これも保護区域内でのできことですか?」

 秘書官がはい、とうなずく。

 「下足痕げそこん。でも靴の裏の模様がない。あえてそれを履いてきたのか? その足で葉っぱや土を搔き集めて小さな山を作っているところを見ると弔いの意味。いや、果たしてこいつにそんな感情があるのか?」

 子子子こねしは独り言のように解説している。

 鷹司は秘書官から資料を受け取った。

 「全身を踏みつぶされて原型を留めてないけど魔獣型の妖精だ。羽の形と帽子の形で判別したそうだけど中身は滅怪によって消されていてDNA等の解析は不能」

 「なに、妖精だと?」

 鷹司も資料に顔を寄せた。

 「はい。現場の様子から推察するとこれを行った人物は他者の生き死には無関心でいながら命を奪うことに愉悦を覚えるタイプに思えます。滅怪の技を使えながら唐傘お化けの死体だけあんな派手に残していったのはなんらかのメッセージでしょう。あるいは国に対してなのか?能力者に対してなのか? 対象はわかりませんが。宣戦布告」

 鷹司はすぐにまた子子子こねしに資料を手渡す。

 「ありがとうございます」

 「なにかしらの思想があるのは間違いないだろう。ただ唐傘お化けが絶滅した場所に妖精がいたっていうのも今回初耳だった。防衛省からの一報ではなかった話だ」

 「それもそうでしょう。意図的に土に埋められていたんですから。一見しただけではわからないですよ。目立っている唐傘お化けと熊の死体だけじゃなく保護区域全体ローラーをかけたんでしょうね。防衛省の解析部は凄いです。わずかな時間でここまで調べてくるなんて」

 「防衛省のアヤカシ対策班は移動型の解析ラボも持ってるからな」

 「そんな設備があったんですか?」

 「ああ。災害時に派遣されるような大型車の車体に搭載して移動できる。災害魔障の設備なんかは表立って国家予算で購入できないから、いつも官房機密費を使うんだがな。毎度毎度、私的流用を疑われて困るよ。国防上の機密情報といっても曲解されてしまうし」

 「やりくり大変ですね?」

 「それも私の仕事のひとつだ。まあ、これでも総理の代理だがな。本来妖精というアヤカシ自体が外来種だろ。G7の会議でも魔獣型の妖精が大量発生してると話題にしてる首脳もいた。でも六角市の保護区域にどうして魔獣型の妖精がいたのか?

市内で出現していれば市内の能力者たちが対処にあたっているはずだがそうじゃないとすれば妖精の存在を認知してないということなんだろうな。子子子こねし。妖精と唐傘お化けの接点はなにかあるか?」

 「単純に考えれば妖精は外来種で唐傘お化けは在来種ってことですかね。唐傘お化けは日本の固有種です」

 「なるほど」

 「魔獣型の妖精が日本で大量に発生したならそれはグルーバル化なんてものの弊害でしかない。そしてそれはなにもアヤカシだけじゃなく外来の動植物の侵入と同じこと」

 「今ほど個々が国外へ行き来することはなかったからな。生態系への変化がまさかアヤカシにまで波及するとはな」

 「あらゆるジャンルの研究者たちはいつも命がけで訴えてきたはずなんです」

 秘書官も黙って子子子こねしの話に相槌を打っている。

 「手遅れだとわかっていても絶望的な伝言は民衆の反感を買うだけ。だから研究者たちはいつもプラスの警告で締めるしかない。――いまからでもまだ間に合う、とか――今がまさに分岐点だ、とか。本当は不可逆な事態がほとんどだなのに人はいつも見て見ぬふりをする。現状の変化から目を背けて安心したいんですよ」

 鷹司は指先で【SDGsエスディージーズ】のチラシを意味ありげに叩いた。

 「子子子こねし。在来種である唐傘お化けを絶滅させて外来種を定着させる意図、なんてのはどうだ?」

 「あまり意味を感じませんね」

 「自分でいっておいてなんだが。同感だ」

 部屋の空気がわずかに変わる。

 ――私もここで失礼します。 

 

 秘書官もここを区切りにふたりに頭を下げ踵を返した。

 「なにかあったらまた遠慮せずに頼む」

 

 ――はい。

 子子子こねしは鷹司の机に資料をそっと置くと意味あり気に――鷹司さんと呼んだ。

 「……どうした」

 「話し込んでいて後回しになったんですけど。今日、俺がここにきた本題なんですけど……」

 「ああ、すまなかった。座敷童のことでわざわざ内閣官房長官室ここまで足を運んでくれたんだろ?」