第369話 鋳型(いがた)


「はい」

 「ああ、ちょっと待っててくれ」

 鷹司はいつのまにか机の上の砂時計を握っていた。

 いまだ書類などが山積みになっている机にコトンと音を立てて置く。

 「おっ、おお!?」

 子子子こねしはいつの間にか部屋にいた座敷童に思わず体をのけ反らせた。

 座敷童は子子子こねしに人見知りするような素振りもなくおかっぱ頭の真ん中を両手で押さえている。

 

 「へ~この子ね。たしかに挙動がおかしいですね。こんな子がしきりに同じ場所を押さえつづけるなんてやっぱりなにかありそうですね」

 「そうか。ちょっと診てくれ」

 「はい」

 座敷童は右手で左手を包むようにして頭の真ん中に手を当てていた。

 そのまま上目づかいで子子子こねしを見上げる。

 子子子こねしも柔和な笑顔で返し座敷童の緊張を解そうとしている。 

 「鷹司さん。この子が頭に手を当ててるときって、いつもなにかを掴んでるように膨らんでましたか?」

 「な、なに? いや、私は座敷童の手が膨らんでるかどうかなんて気にしたこともないな」

 子子子こねしが座敷童の手を観察するとたしかに座敷童は透明な球体を握っているように両手を膨らませていた。

 「そうですか。たしかに膨らんでるんですけど重なった両手の隙間からは髪の毛が見えてる。ってことはそれ・・掴んでいながら・・・・・・・掴んでいない・・・・・・ってことかな?」

 「どういうことだ。それ? やっぱり魔障なのか?」

 「それを診断するのが俺の仕事ですからね」

 子子子こねしは持参していたバッグをジーっと開きいくつかの道具をだした。

 鑑定士が使うようなルーペを片耳にかける。 

 ちょうど右側の目元にルーペが重なったまま眼鏡のように固定されていた。

 「ちょっとごめんね。痛くないからね。にしてもパッツン前髪のおかっぱだな」

 子子子こねしは膝を落とし座敷童と視線を合わせた。

 座敷童は無抵抗なままでいる。

 「前髪が眉毛の上で一直線だね。なんかこだわりとかあるのかな?」

 子子子こねしは座敷童に声をかけながら座敷童の両手をはずし髪の毛をさっと右にかけ分けて流線形のヘアクリップで留めた。

 残りの左半分もかき上げてヘアクリップで留める。

 座敷童は子子子こねしが鷹司の顔見知りであることを認識しているようでなんの抵抗もなくおとなしくしている。

 「おっ!?」

 「なにか悪いものか?」

 「う~ん。それはなんとも……」

 「どういうことだ?」

 子子子こねしはさらにバッグからスマートフォンほどの直径の筒状の物をだした。

 ゆっくり右に回転させると筒から緑色の光がもれてきた。

 「鷹司さん。これ特殊なライトになってるんですけど」

 子子子こねしがライトを座敷童の頭に当てると薄っすらと何かが見えた。

 子子子こねしはその位置でライトを上下左右に動かしてみせた。

 

 「見えますかこの物体?」 

 「ああ、ライトに反応してる。なんなんだこれ。卵みたいな形してるぞ?」

 「ええ、そうです」

 子子子こねしがライトを当てた位置にはうずらの卵くらいの物体が浮かんでいた。

 「何かあるな? 腫瘍とかそういう類か。これはアヤカシがかかる魔障なのか?」

 「いいえ。これ鋳型いがたですよ」

 「い、鋳型だと? ここからアヤカシが生まれるってことだろ? 魔獣医は鋳型を視覚化することもできるのか?」

 「魔獣医学こっちの世界も進化してるんですよ。それこそこの原理を発明したのはY-LABなんですけど」

 「餅は餅屋だな」

 「Y-LABは新しい発明のためにラボ内で所属先の垣根を越えてチームを組むことも可能なんだとか。まるで社内ベンチャー企業ですよ。今日、見学したチームは結界の強化に協力した市民が負う反作用の治療法を研究してました。すでに試験治療の一歩手前までいってましたね」

 「たしか皮膚が黒い痣のようになるんだったな」

 「そうです。今回、Y-LABに新しい妖花ようか研究の人員も呼び寄せたとか」

 退屈してきた座敷童がふいに体を揺らした。

 鷹司と子子子こねしの意識はまた目の前の座敷童に向いた。

 「でもこの現象は俺で数回しか出くわしたことないですけど」

 

 「子子子こねしでもって。それほど珍しいことなのか?」

 「はい。ちょっと中をスキャンします」

 「そんなことまでできるのか?」

 「ええ。CTを撮影ったように中が見えます。アンゴルモアのときは巨大な設備が必要でしたけど、今は小型化されたポータブルの装置もあるんですよ」

 子子子こねしは非接触式の電子体温計に似た道具をだした。

 非接触式の電子体温計に似た道具にはモニターもついている。

 子子子こねしはスイッチを「ON」にした。

 手に持っていた筒状のライトをその上部にセットしたままそのライトを右に絞っていくと緑色の光が放射状に広がっていった。

 座敷童の頭の上にある鋳型を照らす。

 「見えますか?」

 「ああ、なんだろうなこれ? 円錐えんすい?」

 「ですね」

 卵型の鋳型のなかが透けてみえている。

 中はマグマのようなドロドロとした流動体が動き蜘蛛の巣状の毛細血管のような線が無数に走っていた。

 なかでもひと際、目立っているのは円錐の輪郭を象っている太い線だ。

 鷹司と子子子こねしは動く影絵のように鋳型のなかを見ている。

 子子子こねしの持っている非接触式の電子体温計に似た道具のモニターに横線が現れた。

 緩やかだった線が急激に上がり、しばらくすると下がった。

 そんな動きが数回繰り返される。

 モニターには立派な折れ線グラフが現れていた。

 そのあとも大きなや小さな山が増えていく。

 上下する回数が増え波形の動きも早まる。

 

 「胎動が早まってきた」

 波形が小刻みに上がり下がりを繰り返しているなかモニタの天井につくほどに線が急激に上昇した。

 「子子子こねしこれって……」

 緑色のライトに照らされていた鋳型の真ん中に大きく太いのヒビが走った。

 座敷童は上目遣いで頭の上の異変を感じている。

 卵の先端にピキっと大きなヒビが入る。

 その勢いで鋳型は右と左でジグザグの線を残しきれいに割れた。

 うずらの卵くらい小さな鋳型の中身は座敷童の頭から一回転して滑り落ちていった。

 座敷童は自分の胸の位置で両手を合わせてそれを受け止めた。

 割れた鋳型から落ちてきたそれを潰さないように両手は山のように膨らんでいた。

 その姿勢は自分の頭の上で目に見えない鋳型を押さえていたかっこうと同じだ。

 座敷童は小さな両手のなかにすっぽりと収まった何かを確認するため両手を恐る恐る開いていった。

 鷹司と子子子こねしの目にもその物体がはっきりと見えていた。

 言葉にならないほどに驚くふたりの顔はすぐに破顔はがんした。