座敷童の水を掬うような手のひらに乗っている者は、つぶらなひとつの目で座敷童を真っすぐに見上げている。
座敷童はニコっと頬を緩ませた。
ひとつ目の者は舌をペロっとだしてから体を二十度ほど傾ける。
「だから六角市の保護区域内の負力値の数値が安定してたのか」
鷹司は机に端に追いやられていた資料を自分の手前に持ってきた。
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【アヤカシ 最新レッドリスト】
・確認済み 残存個体数 唐傘お化け 5体
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指先でトントンと「唐傘お化け」の文字を叩いている。
「レッドリストのアヤカシには絶滅の危機に瀕すると発動する”種の保存の法則”があるのかもしれません。こんなことが目の前で起こるなんて」
子子子は魔獣医として興奮を隠せいないでいた。
座敷童の手のなかにいるひとつ目の者は円錐の体型で体の色は小豆色。
舌をだしたままゆらゆらと体を揺らしながら一本の足でピョンと跳びはねた。
座敷童は両手を窄めてひとつ目の者の足場を安定させる。
巨大な猿人の手の乗ったヒロインが巨大な猿人を見つめる映画のワンシーンように座敷童はひとつ目の小さな者をながめていた。
「えっと、一歯下駄でもなく二歯下駄でもない。裸足種か」
「子子子。それはその子が裸足だからか?」
「ええ、そのとおりです。一つ目属の無手種類裸足種。体表面は茶色や焦げ茶色なんかの個体も存在しますがこの個体は小豆色ですね」
「それがこの唐傘お化けのアヤカシの分類か?」
「ええ。絶滅を回避した唐傘お化けの忘れ形見ですね」
「絶滅と生息とじゃ天と地の差だからな。だがそのおかげで莫大な負力の発生を防ぐことができた。市内全体に結界を施してるとはいえ六角市はジーランディアの負力が流れてくる場所でもあるからな」
「バケ~」
唐傘お化けの子どもは座敷童に向かって生まれて初めて声を発した。
座敷童はうんうん頷く。
「バケバケ。バケ、バケ、バ~ケ~」
座敷童は両手の角度を水平にすると唐傘お化けの子どもは座敷童の手のひらの上でぽんぽん跳ねている。
「バケバケバケ。バ、ケ。バケ」
座敷童は大きく頷く。
「子子子。この子はなんて言ってるんだ?」
「えっ?」
「だからこの子はなんて言ってるんだ?」
鷹司の問いかけに子子子は苦笑いを返すだけだった。
「バケ。バケバケバケバケ。バ、バ、バ」
座敷童は唐傘お化けの子どもを左手に乗せ、右手は自分の頭をぽんぽん触りながら何かを探している。
「鷹司さん」
「ん?」
子子子は――まったく。といったあとに溜めをつくってから
――わかりません。と繋げた。
「そうなのか。でもこの子は座敷童とは通じてるようだが?」
「同じアヤカシですからね? でも俺にはこの子たちがなにをしゃべってるんだかまったくわかりません!! アヤカシの言語学って分類になるんでしょうけど」
「承知した」
鷹司は子子子のあまりにも豪快な返答に気圧された。
子子子は耳にかけていたルーペをはずしその他の道具もろもろをバッグにしまいながらバッグのなかを一瞥し金属製の小箱をだした。
「鷹司さん。今回の座敷童の症状なんですが」
「ああ」
「頭の上に小さな鋳型が乗っていたのでその違和感であのようば態度をとっていたということです」
「私、自身徹頭徹尾その様子を見ていたから納得だ」
「どうするんですか? その唐傘お化け」
「私が首相官邸で座敷童ともども匿う」
「保護区域が荒らされたとなるとそれが現状それがベストでしょうね。他の保護区域に移動させても身の安全は保障できないですから」
子子子は金属製の入れ物のふたをカチャっと開く。
中には真空に密閉されている長い綿棒と縦長の空の容器があった。
「六角市の保護区域は敵意を持って侵攻されてるからな。きみはやはり希望を運んでくれるアヤカシのようだ」
鷹司は座敷童の頭をなでながら髪を左右で分けていたヘアクリップをとった。
座敷童は鋳型のあったところに唐傘お化けの子どもをちょこんと乗せた。
唐傘お化けはまるで家の布団にでも戻ってきたように座敷童の髪に体の三分の一ほどを埋めた。
「こんな座敷童の頭にもレッドリストの小さな保護区域があったなんて。私は今まで何億という官房機密費を使ってきた。双生市からも土地を買い上げ六角市に統合し保護区域を確保するだけでも眩暈がするほど額を使った。ああ、これ」
子子子は手を差し出すと鷹司がヘアクリップを乗せた。
「家憑きのアヤカシが首相官邸にいるってだけで吉報じゃないですか?」
「だろうな」
「しばらくは政局も安定でしょうかね?」
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【アヤカシ 最新レッドリスト】
・確認済み 残存個体数 唐傘お化け 5体
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鷹司は資料の一枚を裏返し白紙の部分にマジックを走らせる。
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絶滅回避
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「ああ。だといいがな。明日は財務省と金融庁と暗号資産についての会議だ」
「国内外のあらゆるジャンルの出来事に気にしなければいけないのって大変ですよね。俺は畑違いなことはできませんよ。ってことで職業柄ちょっとすみません」
子子子は両手でビニールを開き長い綿棒をとりだして唐傘お化けの子どもの舌を綿棒で擦った。
乾燥しないようにすぐ縦長の容器のキャップを外して入れる。
自分の目の前に掲げて容器の中を再度確認している。
「バケ?」
唐傘お化けの子どもと座敷童は不思議そうにしていた。
「その子のDNA採取か? 職業病だな。お互いに」
鷹司はそう言いながらも数多ある悩みのひとつであった座敷童の異変が解決し晴れやかだった。
手元を躍らせながら机の上で散らばっていた書類を集めていく。