第375話 置き手紙


 学校に着いてから教室に向かうより先にまず校長室に向かう。

 生徒玄関で上靴に履き替えて階段を上っていく。

 踏板を踏むたびに俺は学校の七不思議を思い返していた。

【走る人体模型】一段。

【ストレートパーマのヴェートーベン】二段。

【段数の変わる階段】三段、おお、階段ね。

階段の怪談……これ、いつか校長がいってたダジャレだ。

【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】四段目。

【飛び出すモナリザ】五段。

【七番目を知ると死ぬ】六段、七段っと。

 人体模型もヴェートーベンも、まあ、音楽家の絵画全般、それにピアノもモナリザも結局は負力を取り込んで動き出すアヤカシのことだ。

 七番目を知ると死ぬってのは、夜の校舎や危険な場所に近づけさせないため。

 そしていまいち謎だった【段数の変わる階段】。

 これも【七番目を知ると死ぬ】と同じタイプの注意喚起。

 あの三年カップルのおかげで寄白さんの口から七不思議の3番目の【段数の変わる階段】のこともきけた。

 学校のなかの危険そうな階段に生徒を近づけさせないって意味。

 たしかに地震とかで傾いたり壊れたりたガッタガタのリアス式階段は危ない。

 見かけは大丈夫そうでも錆びてたり腐ってたりして踏板が落ちるパターンもあるかもしれない。

 学校の七不思議の七つのおおまかな意味を考えながら校長室についた。

 ドアの前でノックする。

 乾いた――トントンが静かな廊下に響く。

 俺は校長プレゼンツ(?)のふかふかのソファーに座りながら校長から手渡されたある物を広げた。

 そこには美亜先輩の気持ちが便箋二枚にわたって書かれていた。

 最初は家計が苦しくてアイドルになったこと。

 なったらなったで大変だということが事細かく綴られていた。

 校長がいろいろと調整してくれたから今まで学校辞めずに済んだことへの感謝もある。

 最後はアイドルとしての心構え。

 

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 ――私は、私の生きる道がアイドルに固定されてしまうことが怖かったんです。いつでも何にでもなれるように流動的でいたかった。でもそれは何にもでもなれると思ったまま、ただ逃げているだけだと気付きました。

 そんなフワフワした心なのに四季の四人に嫉妬するなんて私は本当にバカです。

 アイちゃん、マイちゃん、ユーちゃん、ユアちゃんに勝てないのも当然です。

 だから私は学校を辞めて、心と体と全部の時間を使ってちゃんとアイドルになろうと思います。

 繰先生、今まで私のことを見守ってくれてありがとうございました。

 白金美亜こと「ワンシーズン、ミア」

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 手紙の終盤を読み終えた。

 「美亜先輩。退学したんですね?」

 「うん」

 校長は少しの寂しさもみせずに頷いた。

 この手紙で納得したってことなんだろう。

 美亜先輩あれだけ思いつめてたんだからアイドル一本に集中するのが正解かもな。

 俺は美亜先輩に一回会っただけで美亜先輩は退学。

 実際のアイドルとはそう簡単にお近づきになれないってことか。

 そもそも俺のことはもう覚えてないだろうけど。

 「美亜ちゃんあのときの記憶なんてないはずなのにみんな・・・にこの手紙を見せてって。潜在意識のなかに残ってるんだろうね。みんなのこと」

 美亜先輩、寄白さんと九久津に救われたことなんとなく頭に残ってるのか? あるいはあのデッカい赤ちゃんの枕の回転数とか。

 はは~ん、そういうことか。

 憶測だけど九久津、微妙に美亜先輩の記憶残すようにコントロールしたな。

 「そうみたいですね」

 俺は美亜先輩の手紙を元の折り目通りに畳んだ。

 「なんだかワンシーズンに新しいメンバーも入ってくるみたいだし。美亜ちゃん、ここが頑張りどころよね。アイドル活動だけに集中できる美亜ちゃんならきっと大丈夫!!って私は思ってる」

 えっ!? 新メンバー。

 そっちはそっちですでに問題勃発してますけど? 校長知らなそうだな。

 世の中ってどうしてこうも次から次に問題が起こるのか。

 校長は今はまだ学校しごとの時間じゃないからと株主総会の準備をしていた。

 株主総会も大詰めみたいだ。

 前も思ったけどそんなにかけもちして体調大丈夫か? 

 「沙田くん。六角第一高校うちの学校、数日間臨時休校になるから」

 「えっ? なんでですか?」

 「四階の修理で。部分的に直すくらいなら総取っ替えしたほうがいい箇所もあるらしいの。当局から臨時予算がでたのよ。どこかに資金を貯めてあったのかな?

せっかくだからやってもらおうと思って。天井のサーキュレーターとか」

 

 そういや最初のモナリザもあれでやられてたな。

 刃こぼれ(?)とか、か? 果たしてあのプロペラは「」なのかって疑問があるけど。

 

 「サーキュレーターのプロペラって九久津くんの風属性の技と相性が合うような特殊な素材で造られてるのよ」

 「あっ!? だから」

 あのとき九久津はモナリザをアッパーで上昇させたうえ、もうひとつの風でモナリザの体をじょじょに削っていった。

 「ん? なんのこと?」

 「いや九久津が最初にモナリザと戦ったとき、まるで電動ノコギリのようにプロペラが回ってましたから」

 「そうそう。九久津くんのリズムと同期するような感じね」

 「やっぱり」

 ここにきてさらに近衛さんのスゴさを知る。

 「その工事とかモナリザが壊したドアとかちょっと大がかりになりそうなんで」

 校長が言葉をきった。

 「生徒みんなが喜ぶ。臨・時・休・校」

 校長がウィンクする。

 たしかに場合よっては「夏休み」よりも「冬休み」よりも「ゴールデンウィーク」よりもお得感がある。

 なにかしらのクーポンで「8割り引き」が出たような感じだ。

 「臨時休校」。

 なんてエモい四字熟語(?)!!

 急に休みが訪れる不意打ち感が俺の心を、いや、世界中の学生に希望を与えてくれる。

 「そうですか」

 「六角第二高校にこう」と同時に「六角第一高校いちこう」も簡易的な工事か。

 「沙田くん。喜びが顔から滲み出てるわよ」

 「いやいや、そんな」

 マジ? ついつい笑みが零れてしまった、かも、しれない。

 「じゃあ校長、数日休みということなんで僕も株主総会とやらに出席させてください」

 「えっ?」

 「ほら政経の社会勉強ということで」

 

 「で、でも」

 「沙田くんだけ?」

 「そうですよ」

 舞い上がってわけわからんことをいってしまった。

 「そうね~」

 校長は考えこんでる。

 「まあ沙田くんのお父さんは株式会社ヨリシロうちの関連会社で働いていてるとはいえ。沙田くん自身が株式会社ヨリシロうちと利害関係があるわけじゃないし。高校生の社会勉強ってことならいいか、な?」

 校長は二度、三度首を傾げて少し悩んだけど俺の提案を受け入れてくれた。

 そこからすこし能力者として真面目な話をした。