「あんたはもう死んでるんだ」
突然ポニーテール女子高生がボクにそう告げた。
左右に三つ、合計六つの十字架のピアスをしている。
美人というよりはかわいい感じの娘だ。
胸元には六角形に「一」というエンブレム。
このマークは六角第一高校の生徒だ……最近の高校生はこんな感じなのか?
「だから、あんたはもう……」
×月1日
なんか不思議だ。
自分の周りにだけ時間が流れているようだ。
「中州に取り残されてる」って表現はわかりやすい。
僕はここに取り残されている。
望んでた未来はもっと違うはずだった。
×月2日
朝、起きて仕事にいく。
帰ってきて寝る。
そんなことの繰り返し。
月に数回あるかどうかの休みは掃除と洗濯。
あとはひたすら寝る。
布団から見上げる天井がやけに記憶に残る。
こんなにくすんでるけど本当は白いんだよな。
×月3日
明日の朝には死んでますようにと願って眠る。
社畜の出荷はいつだろうか? 人間、そう簡単に死なない。
寝れば疲れがとれるって話があったけど、あれは迷信だったみたいだ。
今は、ただただ眠りたい。
眠たい、寝たい、寝たい。
とにかく寝たい。
僕、以外の人は地道に人生を積み上げていってる。
そんな気がする。
どうしてこんなことになったんだろう?
×月4日
どのみちわかってる。
結果的には怒鳴られて終わりだ。
部長も課長も専務もそれぞれいうことが違う。
いい返すこともできない。
社畜だから。
飼われてるんだもんな。
あっちに従えばこっちで怒られる。
こっちを優先すればあっちでイヤミをいわれる。
今日の天気予報によると明日は雨らしい……
×月5日
雨はいい、みんなすこしだけゆっくり動くから。
もう限界かも。
「止まない雨なんてない」……だって。
僕は降り続ける雨のほうがいい。
疲れた。
×月6日
告発とかってどうやればいいんだろう?
個人がいったところで行政は動かないと聞くし。
でも折りを見ていこう。
いかなきゃ始まらない。
けど、やっぱり怖いな。
独りでいくのは……誰かついてきてくれないかな?
×月7日
明日から二日間は晴れるらしい……
気晴らしでもしたほうがいいよな。
“晴れ”は“晴れ”でいいかも。
毎日、うつむきながら出社してうつむきながら帰宅する。
空を見ることなんて忘れていた。
空の上には天国ってあるのかな?
×月8日
久しぶりに映画を観た。
すこし前に流行った映画で聖地巡礼とかされるくらい有名な映画だ。
聖地ってどこにあるんだ。
聖地にいけば寝てもいいのか? もはや感情が死んでるからなにも感じない。
人と人が話していた。
電車でどこかにいってた。
ハンバーガーを2つ注文した。
ソフトクリームはレモン味だった。
ソーダはメロン味だった。
夜空には星。
ひとつ思ったことは主人公には必ず誰かが隣にいてくれてるってこと。
僕には誰もいない。
×月9日
休日に家族で公園にいくとかって都市伝説だな。
手に入れたかった未来図が崩れてく。
あ~あ。
もういくか? いくしかないか?
怖気づくな。
いくんだ。
いくしかないんだ。
×月10日
今日は一日寝ていた。
見慣れた天井がやけに近い。
ボクの部屋……壁紙ってこんなに白かったっけ? そういえば昨日は六角駅が騒がしかったな。
サビが混ざったような赤っぽい水が漏れてたから……その影響かな? 市民たちがなんだかザワついてたな。
×月11日
夏のような陽気久しぶりにかいだ自然の匂いだ。
木? 草? いや花の匂いか? 今日は残暑がきつい。
ものすごい暑さだ、い、いや熱すぎる。
でも逆に頭が冷やされる気もする。
この感覚は……違う。
すべてが消えていく感覚。
物理的に無くなっていく感覚? 清々しい。
あ~久しぶりに実家に帰りたい。
×月12日
やっと休みがとれた。
待ちに待った休み、実家に戻ってきた。
生まれた家はいい。
もう帰りたくないな。
「お疲れさま」「ずっとここにいなさい」
母の言葉だ。
その言葉に甘えてみてもいいのかな?
×月13日
実家に帰ってきてからなにもしていない。
ずっと黙って座ってままだ。
なのに食べ物が勝手に出てくる。
すごい特別扱いだな。
それに甘味が多い。
疲れてるって前にいったからそれを心配してくれてるのかな? でも一昨日からまったく疲れを感じない。
しかもこの歳になってまでお小遣いをもらうなんて。
なんかだか罪悪感。
――×月14日
「……あんたは頑張った」
この娘はなにをいってるんだ?
「もう十分だ。だから私が」
十字架のアクセサリーを掲げてる。
そういう感じのコスプレ?
「気づけ? あんたはもう死んでるんだ」
さっきからなにをいってるんだ? ボクはたしかに“明日の朝には死んでますように”と願って過ごしていた。
だからって初対面の女子高生に「あんたは死んでます」なんていわれたくないんだ。
自分で死ぬのはいいけど他人には殺されたくない。
「今じゃ意思疎通はできないか? よく聞け? 8日あんたは映画を観たあとに日記を書いた。すこしあいだを置き9日になってすぐに翌日分を書いた。そしてそのまま最終電車に飛び込んだんだ。8日と9日の日記を読めば文脈がつづいているとわかる」
はっ!?
なにいってんだ、この娘は? せっかく連休がつづいてるんだから邪魔しないでくれよ。
「――だから×月9日があんたの命日なんだ」
×月9日? その日だってボクはきちんと日記をつけてたんだ。
見返せばわかる。
9日だろ。
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×月9日
休日に家族で公園にいくとかって都市伝説だな。
手に入れたかった未来図が崩れてく。
あ~あ。
もういくか? いくしかないか?
怖気づくな。
いくんだ。
いくしかないんだ。
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9日っていえば。
いく決意を固めた……んだ。
なんの決意? ボクはどこにいこうとしたんだ?
「9月10日に通夜、9月11日が葬儀そして12日にあんたの遺骨は実家に戻っていった」
……ん? ×月9日、“もういくか? いくしかないか?”
ボクはどこに向かった? どこにいった?
そ、そうだボクは六角駅に向かったんだ。
そ、そんな……。
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×月10日
今日は一日寝ていた。
見慣れた天井がやけに近い。
ボクの部屋……壁紙ってこんなに白かったっけ? そういえば昨日は六角駅が騒がしかったな。
サビが混ざったような赤っぽい水が漏れてたから……その影響かな? 市民たちがなんだかザワついてたな。
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“六角駅が騒がしかった”
そうだみんなザワザワしていて泣き声らや悲鳴やらが聞こえた。
――これはボクが飛び込んだから。
赤っぽい水。
ボクは目の前でボクの血をながめていた。
もう痛みなんて感じない。
どこかでほっとしていた。
もう休んでいいんだって……やっと休めるって。
……今、この娘がいった「9月10日に通夜、9月11日に葬儀」って。
そうか、ボクが10日の日に一日中寝ていた理由はこれか。
そうだボクの顔には白い布がかけられていた。
あれは天井じゃない。
布だ、まっさらな布。
「ボク」はもう「生あるころの僕」じゃないんだ。
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×月11日
夏のような陽気久しぶりにかいだ自然の匂いだ。
木? 草? いや花の匂いか? 今日は残暑がきつい。
ものすごい暑さだ、い、いや熱すぎる。
でも逆に頭が冷やされる気もする。
この感覚は……違う。
すべてが消えていく感覚。
物理的に無くなっていく感覚? 清々しい。
あ~久しぶりに実家に帰りたい。
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11日は葬儀の日だ。
顔の周りで花の良い匂いがした。
花の匂いをかぐなんて子どものとき以来で、こんなに心が安らぐものなのか?って思った。
お見舞いに花を持っていく意味もよくわかる。
――暑くて、熱くて、それでも晴れ晴れしたのはボクの体が、いや「僕の肉体」が消えたからだ。
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×月12日
やっと休みがとれた。
待ちに待った休み、実家に戻ってきた。
生まれた家はいい。
もう帰りたくないな。
「お疲れさま」「ずっとここにいなさい」
母の言葉だ。
その言葉に甘えてみてもいいのかな?
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「12日にあんたの遺骨は実家に戻った」
そっかそれが休みか。
待ちに待った休み……あれは命と引き換えにして手に入れたものだったん……だ?
ボクはボクは「僕」の人生を降りた。
生きつづけることを諦めた。
――「お疲れさま」
――「ずっとここにいなさい」
優しい声だった。
哀しいくらい。
母さん……ごめん。
ボクは……。
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×月13日
実家に帰ってきてからなにもしていない。
ずっと黙って座ってままだ。
なのに食べ物が勝手に出てくる。
すごい特別扱いだな。
それに甘味が多い。
疲れてるって前にいったからそれを心配してくれてるのかな? でも一昨日からまったく疲れを感じない。
しかもこの歳になってまでお小遣いをもらうなんて。
なんかだか罪悪感。
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食べ物が勝手にでてくる。
あれはお供え物だ……。
小遣いをもらうなんて……あれは香典の束だ。
……待って香典……? なにか思いだすことがある……。
「あんたは死んでる。けど、もうこの世にいないってわけでもない。あんたの思念はこの日記帳に入ってるからね」
日記帳? ボクが日記帳になったって?
「あんたの死後、日記帳に思念が宿った。だから今は日記帳の内容とあんたの記憶が混在してるんだ」
えっ!?
ボクはあの日記帳のなかにいるのか?
「そういうのを私たちの世界では忌具と呼ぶんだ」
ボクは誰に救いを求めればよかったんだ? 教えてくれないか? 誰に?
「希死念慮。あんたが最後に縋ったのは“死”だ」
ボクが救いを求めたのは……死……。
でも、そうでもしなきゃ休めなかった。
もう、なにもかもに疲れたんだ。
「いいかもう一度いう。あんたは8日に日記を書きそして午前0時を越えてすぐに翌日分の日記を書いた。だからじっさいは8日と月9日の時間差はわずか数時間。そのあとにほぼ丸一日ぶんの空白がある。9日分までがあんたの自筆の文字で10日以降はあんたの想い。その結果あんたは日記帳のノートとしてここにいる。正確にはここにある」
どうしてきみはボクがわかるんだ? そうか六角市は「シシャ」の町。
そういう能力を持つ人がいるとかいないとか聞いたことがある? きみがそうなのか? ボクには「シシャ」ってのはなんなのかわからないけど。
ただきみってボクの想いを聞きとる“使者”みたいだ。
「だから私が……楽にしてやる」
ま、待って。
こ、香典にあるんだ。
ボクの絶望が。
なんだろう……? ああ音が聞こえる、音だ。
絶望ノート、絶望ノォト、絶望ノオト、絶望の音。
絶望の音だ。
あの独特な歩きかた靴の踵を引きずる音。
あいつの声だ、あいつの嘲笑声。
……【御香典】 。
【黒杉工業 代表取締役社長 黒杉太郎】
そう、これだ。
ボクの声はきみに届かないかもしれない、だけど頼む、頼む。
あの会社だけは、あいつだけは頼む。
頼む、あいつだけは――
「心配するな。私が光へと導いてやる」
女子高生は小さな十字架のイヤリングを掲げる。
{{オレオール}}
日記帳の一頁一頁には必要最低限の文字で誰にも救われることなく自ら命を絶った青年の苦悩がせつせつと綴られていた。
文字に重なるようにときおり涙の跡も見てとれる。
外に声を上げることもなく青年の人生はただ静かに終わりを向かえた。
女子高生はそんな絶望の書かれたノートを拾い上げ弔うように表紙の埃を払う。
「苦しみのない世界にいけるといいな……」
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―――
――やがて六角市を震撼させる事件は起こる。
「なんだこの殺しかたは?」
「どうすれば人がこんな細切れになるんだ?」
「身元は?」
「まだです。ただ黒杉工業社長の黒杉太郎の可能性が高いかと……」
「正確な判断はDNA鑑定の結果待ちです」
六角市中央警察の数人の刑事たちは頭を悩ませていた。
(END)